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2017.12.31

2017年の「一生FDH!」

 この1年間のマイ日記を振り返ってみました。「10大ニュース」じゃなく、各月の最も印象的だった出来事に関する記事を選ぶことにしました。いろんなことがあったなぁ。

1月 「ひたすらに無事を祈る」
    http://fdh.way-nifty.com/blog/2017/01/post-ac97.html
   「積み上げてきた山を崩される」
    http://fdh.way-nifty.com/blog/2017/01/post-fc52.html
2月 「バンザーイ!\(^^@)/」
    http://fdh.way-nifty.com/blog/2017/02/post-c5cb.html
   「「君の名は」的な...」
    http://fdh.way-nifty.com/blog/2017/02/post-2fbb.html
3月 「うまい言葉も見つからない」
    http://fdh.way-nifty.com/blog/2017/03/post-9d6b.html
4月 「かわいいお花見」
    http://fdh.way-nifty.com/blog/2017/04/post-c2d6.html
5月 「念願を果たす」
    http://fdh.way-nifty.com/blog/2017/05/post-0dcb.html
6月 「行っていたら今頃は...」
    http://fdh.way-nifty.com/blog/2017/06/post-df27.html
7月 「iPadを手に入れる」
    http://fdh.way-nifty.com/blog/2017/07/ipad-1060.html
   「も...もしかして、」
    http://fdh.way-nifty.com/blog/2017/07/post-d047.html
8月 「PERFORMANCE 2017」
    http://fdh.way-nifty.com/blog/2017/08/performance-201.html
9月 「シンガポール旅行記 その1」
    http://fdh.way-nifty.com/blog/2017/09/post-edf3.html
10月 「Marina Bay Sands」
    http://fdh.way-nifty.com/blog/2017/10/marina-bay-sand.html
   「突如、声が響き渡る」
    http://fdh.way-nifty.com/blog/2017/10/post-4f09.html
11月 「幸せな一日」
    http://fdh.way-nifty.com/blog/2017/11/post-b443.html
   「こんな一日でした」
    http://fdh.way-nifty.com/blog/2017/11/post-3b73.html
12月 「県高文連第13回県写真展」
    http://fdh.way-nifty.com/blog/2017/12/13-e263.html

 明日はいよいよ2018年の始まりです。みなさん、良いお年をお迎え下さい。<(_ _)>

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2017.12.30

2017年の天気

 一年前の私は、「今年こそ年貢の納め時。いったいどこに転勤するんだろう。」と、不安で熟睡できない夜を何度も過ごしました。不安ながらも、そうした身構えるような気持ちがあったからこそ、なんとか穏やかに今年度をスタートできたのだと思います。

 職場が変わり、何もかもがリセットされました。年を取るとつい守りに入ってしまいがちです。自分の成長のために「過去の成果で未来を生きることはできない。人は一生何かを生み出し続けなければならない。」というカール・ハベルの言葉を心につぶやき続けています。消えたチーズを探さず、目の前の現実の中で自分がすべきことを、すべき範囲の中で細々とやっていきます。久しぶりに教材研究に力を入れられることを幸せと思い、昨年までと比べるとあまりに悲惨な環境の中での授業と部活動も、過去と比較せず、その中でできるベストを目指します。新年の抱負みたいなまとめになってしまいましたが、そうしたせいで、天気の記録表は学校ではつけられなかったため、自宅でつけ続けました。今年で12年目。あいかわらず大晦日のデータは入っていません(このまとめを毎年12月30日の仕事としているので。)が、この1年の佐世保の天気を振り返ってみましょう。

2017_2

 さて、佐世保の1年間の天気ですが、
 晴れ43.7%、曇り28.8%、雨13.5%、快晴12.9%、雪1.1%
という結果となりました。

昨年は、
 晴れ46.3%、曇り25.5%、雨17.8%、快晴9.3%、雪1.1%

一昨年は、
 晴れ35.2%、曇り30.8%、雨17.9%、快晴15.7%、雪0.5%

 でした。

 今年の特徴は何と言っても「空梅雨」でしょう。気象庁は6月6日に九州北部地方の梅雨入りを発表しました。翌7日には雨が降ったものの、以降晴れの日が続き、次に雨が降ったのは6月20日のことでした。それもこの日1日のこと。前線が沖縄付近に停滞してしまい、沖縄は大雨で大変な6月だったようです。その後前線は北上したものの、すぐに九州南部まで後退。7月の上旬には台風3号のおかげで多少は雨が降りましたが、その後も空梅雨のまま、7月20日に梅雨明け宣言が出されました。

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 この10年間(正しくは11年間)の6月の降雨日数を比較すると、見事なまでの空梅雨です。私の記録では2005年がとんでもない空梅雨でした(6月の降雨日数はなんと1日、年間の雨率は11.0%)が、あれ以来です。でも、今年は空梅雨の影響って出てない気がします。九州北部の局所的な現象だったからでしょうか。

 もう一つは台風です。7月5日の台風3号は九州北部に大きな被害をもたらしました。ここ数年、長崎県は幸いなことに大きな被害もなく済んでいますが,国内のいずれかの地域は大きな被害を出していることを考えると気を抜くわけにはいきません。

 昨年は東北地方にこれでもかというほどの台風が接近しました。妙な迷走をする台風もあり、学問的には興味深いところです。記録の意味も込めて、去年と今年の特徴的な台風の経路を残しておきます。(特に2016年の台風10号と2017年の台風5号はみんなを迷わせました。)

2016_2 2017_3
 
Tenkibetu2017_2

 今年の特徴的な天気(気になってカレンダーに書き込んでいたこと)です。
 (○快晴 |晴れ ◎曇り ●雨 *雪)

1月  1日 ○ぽっかぽかの元日(2年連続か)
   10日 ◎少し寒くなってきた
   14日 ◎各地で大雪 センターに影響も佐世保は穏やか
   20日 *朝からあられ混じり
   23日 *朝起きたら外が真っ白

2月 10日 *午前中雪
   11日 *朝はうっすら雪景色
   14日 |空が白い一日
   15日 ○ぽかぽか
   16日 |九州北部で春一番...ってほんと?
   24日 ○花粉が多い

3月  4日 ○ポッカポカ
   10日 ○花粉で苦しい
   11、12日 ○空が少し白い ぽかぽかの春
   26日 ●寒い...。
   30日 |とりあえず桜の開花宣言 でもまるでなし。

4月  8日 ●桜ようやく満開も雨
   10日 ●雨の入学式 桜がきれい
   11日 ●菜種梅雨か
   14日 ○汗ばむ暖かさ
   15日 ◎早くも夏日
   17日 ●大雨 蒸し暑い
   29日 ○空が白いぞ

5月  6日 ◎雨のち晴れ
    7日 ○少し黄砂
    8日 ◎今日も黄砂
    9日 ●やや寒い
   12日 ●大雨警報
   15日 |少し肌寒いくらい
   19日 ○心地よい五月晴れが続く
   20日 |東日本は夏日
   27日 |ほぼ快晴なんだけど、なんとなく空が白い

6月  4日 ○日差しは強いけど、風が吹いて案外涼しい高総体
    6日 ◎九州北部南部地方同時に梅雨入り
   14日 |前線は沖縄付近で止まっている
   18日 |梅雨まだ来ず
   20日 ●やっと雨
   25日 ◎九州南部に前線が下がって曇り
   29日 ◎少し雨 壱岐は大雨

7月  4日 ●台風3号 長崎へ
    5日 ◎福岡、大分で大雨
    6日 ●学校帰りは全身ずぶ濡れの大雨
   13日 ◎九州南部は梅雨明け宣言
   16日 |梅雨明けしているとしか思えない天気
   20日 |やっと梅雨明け宣言
   22日 |あついあつい
   26日 |毎日晴れなんだけど、なんだか空が白い

8月  7日 |台風5号 九州にも四国にも上陸せず
    9日 ◎もんげー暑さ
   26日 ◎朝方は雨
   28日 |少しだけ涼しくなってきた
   31日 |もう秋

9月  1日 |風強し 台風のせい?
    7日 ●ちょっと雷雨
   17日 ●台風18号 鹿児島へ
   28日 |秋だなぁ

10月 8日 ○まるで夏に逆戻り
    9日 |暑い
   11日 |汗をかく
   13日 ◎やっと涼しくなった
   17日 ◎寒い!
   22日 ●台風21号 すごい風
   28日 ●台風22号で少し雨

11月19日 |寒い...もう冬か

12月 5日 |初雪? あられが降る
    7日 ●晴、雨、晴、雨
   17日 |冬っぽくなってきた
   24日 ◎晴れのち曇りのち雨
   25日 |北海道は爆弾低気圧

1tsukibetu2017
2tsukibetu2017

成人式のあった8日は午後から天気が回復。上旬はちっとも寒くなかった。センター試験の2日間は最強寒波で各地は大雪となり、下旬は冬っぽくなったけどおおむね平年並みかと感じた1月

上旬は例年並みか穏やか気味だったが、さすがに10日は寒かった。下旬に入り猛暑の影響か明らかに花粉が多く、突然ノドをやられてしまった2月

晴れの日が続き、花粉の飛散も多い。比較的暖かいにもかかわらず、桜の開花が遅い。26日の段階でまだ1輪も咲いていないという、近年には珍しい感じの3月。

桜の開花が遅く、おかげで入学式に桜満開の春。しかし菜種梅雨が花を散らす。中旬から少しずつ暑い日々が訪れた4月

連休はおおむね晴れて、ついでに黄砂が目立つ日々。大雨の後は五月晴れの毎日だったが、東日本は猛暑に襲われていた5月

梅雨入りが宣言された途端に晴天の日々が続く。前線が沖縄付近に停滞した、と思ったら突然日本海付近まで北上。佐世保は梅雨となった6月。

相変わらず台風から敬遠される佐世保。前線が傾いており、一部には大雨をもたらしながらも佐世保は完全なる空梅雨。その後もすっきり晴れ渡らないのに、暑い日々が続いた7月

暑いというよりは蒸し暑い感じ。暑さそのものは平年並みか。雨が降らない関東は冷夏だったようだ...とか思っていたら、突然ひとときだけの秋が来た8月

夏の日差しはないが、曇っていてもなぜか暑い。28~30度くらいの日が続く。結局台風は佐世保に来なかった9月

上旬は上着どころかネクタイさえ嫌になる蒸し暑さ。秋が遠いと思っていたら、中旬から急に冷え込む。台風が2階連続で日本の南際を通過した10月

天気の良い日が続く。前半は秋らしい気候の日々。19日に突然冬将軍が来たが、それも数日のこと。下旬の昼間は案外暖かかった11月

冬らしさという点では標準的な程度か。九州方面はさほどでもないが、東日本は大雪。ラニーニャが発生したらしく、年を越したら寒くなる予感がする12月。


といったところでしょうか。

さて、来年はどんな1年になるか。いよいよ大晦日です。<(_ _)>
もちろん、2018年も記録し続けます。(^^)

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2017.12.28

そう言えば7月頃のこと

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 生徒会主任から、「被服室の黒板の絵を消したいので、その前に写真を撮ってくれないか。」と頼まれ、撮ってパネル化しました。結局、未だに消されていません。

 家庭科の授業、どうやってるんだろう。

 黒板使わないのかなぁ。

 これからも消さないのかなぁ。

 単に消す勇気のある人がいないだけか...。(^_^;)

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2017.12.26

名前の漢字に翻弄され続けて30年

コンピューターで全漢字使用可に 6万字コード化
 日本語の漢字は、戸籍などに使われているものも含めると6万字あるのに対し、コンピューターは、実は1万字しか扱うことができません。これに対し、このほど15年越しの作業の末、6万字すべてが統一の規格にまとめられて、コンピューターがすべての漢字を扱えるようになり、ビッグデータの活用をはじめさまざまな効果が期待されています。(IT・ネット)

Capd20171226

 職業柄、すっごいうれしいニュースなんだけど、ここに来るまでずいぶん時間がかかったんだね。ちなみに普及にはさらにどのくらいの時間と、こちら側の費用が必要なんだろう。早く普及してくれ。

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2017.12.25

坂道のアポロン

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 5年ほど前にテレビアニメ化された作品。その当時は、我が母校の卒業生が母校を舞台に描いた作品だということは知っていましたが、すでに母校よりも当時の勤務校の方をこよなく愛していた私でしたので、結局原作はもちろんのこと、アニメも見てはいませんでした。

 今年の春に母校に転勤し、ついでに現勤校を舞台(ロケ地)に実写化されるということでにわかに親近感を覚え、やっとちょっとだけ時間的余裕ができたので、図書室にあったDVDを借りてきてアニメを見ました。

 舞台は、これまで何度もなんども描かれてきた学生運動が盛んだった1960年代後半の佐世保(北高校)で、ついでに言えば、うちの旧校舎が、古い佐世保駅が、古い四カ町や三カ町が描かれています。台詞は全部佐世保弁だし、校門の校章も、文化祭の看板も、体育館の階段も、ふくろうの庭も、制服も、作者の母校愛にあふれた気持ちによって、まんま描かれています。(学校名だけは東校になってますが。)

 作品自体はなかなかなものだと思います。いい感じです。

 実は来年度、母校が70周年の年に当たり、その準備でここのところ1回生から50回生までの卒業アルバムの写真を整理する仕事をしていました。おかげで昔の校舎や当時の学生達の姿を写真で見ていたので、アニメの中に登場するシーンがそれに重なってしまい、ずいぶんと感情移入を助けたのではないかと思います。

 良い時代だったんでしょうね。実は人々の郷愁は昭和40年代にあるのかもしれない。そう思えてならない今日この頃です。

 実写版は3月10日封切りです。再現度は高いです。是非ご覧下さい。

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メリークリスマス。

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2017.12.23

シンガポール旅行記 その36

 ガーデンズ・バイザベイの駐車場に到着。私達を下ろすと、バスはすぐにいなくなった。ここには駐車スペースは無いらしく、時間が来たらまたこの場所に戻ってくるのだそうだ。ガーデンズ・バイザベイを楽しんだ後は、この場所に集合か。

 明さんの先導で、ついに敷地の中に入る。

 うわぁ、スーパーツリーだぁ。シンガポールに来たんだなぁ。(´д`)

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 ここ、ゴールデンガーデンのツリーは、スーパーツリーよりちょっと小さめ

 曇り空が玉にきずだが、それでも心待ちにしていた姿に大感激。前日までの希薄な海外旅行感がここに来てやっと消え去り、一気にシンガポールに飛び込んだ気がした。ここに来る前に見たガイドブックの影響で、私の頭の中は「シンガポール」=「スーパーツリー」になっていた。向こうにマリーナベイ・サンズも見える。なんてゴージャスな風景だ。もはや、こここそがシンガポールだ。ここのツリーは夜のライトアップされた姿が売りらしいので、それはまた明日にでも見に来るとして、今は植物園を楽しむ時間である。

 シンガポールの空気を目一杯吸い込んで味わい、かみしめながら、施設の奥へと歩みを進める。地元の幼稚園の園児達が先生に連れられて見学に来ている。子供たちの顔も、多民族国らしくバラエティーに富んでいた。そう言えば、カナダでも博物館で見学に来ていた小学生の列について歩いて回ったなぁ。所どころでカナダでの体験を思い出す。(「カナダ旅行記 その44」)

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364 奥に見えていた半球状のガラス張りの建物のそばに到着。ここには二つの施設があるのだが、どちらか一方しか見学する時間が無いようだ。

 「フラワー・ドーム」 と

 「クラウド・フォレスト」

から1つを選ぶように言われたので、なんとなくクラウド・フォレストを選択する。

 クラウド・フォレストは、シンガポールの熱帯雨林を再現しているいる施設である。熱帯雨林と言っても「低温多湿」にしてある感じで、中に入るとひんやりと涼しい空気が漂っていた。
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  チケットには両側に切り取る部分があったが、片方だけがもぎ取られた。
  本当はこれで2つの施設に入れたのかもしれない。

 まずは一気にエレベーターで6階までのぼり、そこからちょっとだけ階段を上って、人工の山の頂にたどり着く。施設は総ガラス張りなので周りの風景がよく見える。この施設内にいる間、ずっとマリーナベイ・サンズが見えていた。

 そこから、35mもの高さがある人工の滝が階下へ真っ直ぐに流れ落ちており、それを取り囲むように、ジェットコースターのコースの様なくねくね道(クラウド・ウォーク)をゆっくりと歩いて降りる。滝のミストとシンガポールの自然を楽しみながら、空中散歩する感じだ。道の一部は透けているので高さを実感できるし、周囲の景色は実にすばらしい。途中、滝の裏側から滝を見ることができる場所もある。

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         高所恐怖症の人は目が回るかもしれない

 長崎バイオパークにも同様の施設はあるが、熱帯雨林感やら爽快感はその比ではない。たぶんフラワー・ドームじゃなくて、こっちの方を選択して正解だった。

 クラウドウォークが終わると、鍾乳石やクリスタルが展示されているスペースがある。学生のための学習施設と思えばそれもありかもしれないが、爽快な体験の後にマニアックな標本はいらない。

 出口はギフトショップにつながっている。ガーデンズ・バイザベイのオリジナルグッズや、植物にちなんだ商品がたくさん並んでいた。この施設の外にも売店があり、ここで旅の記念の買い物をする。

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  南国らしいカラフルなお人形      シンガポールらしさは満点

 年を取るにつれて、お土産の選択に厳しくなっている気がする。衝動買いなどまずない。Tシャツや帽子など、もっと気軽に買っていいと思うのだが、「本当にいるのか? それ、日本で着られるのか?」などと自問自答すると、なにも買えなくなってしまう。
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 そんな中、ほぼ一目惚れのようにして買ってしまったのが、この額である。木の板を薄く削って貼り合わせたようにして作られている絵で、シンガポールの思い出をいつまでも思い出させてくれそうな気がした。家の壁に飾って、毎日のように眺めて暮らしたいと思った。私の買い物としてはやや高い方なのかもしれないが、それほど気にならなかった。これはカードで買うことにした。現金は少しだけ温存しておこう。今でも良い買い物をしたと思っている。

 小一時間の滞在時間はあっという間に過ぎた。足早にバスの停留所に戻る。

(つづく)

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2017.12.21

なんて呼ばれているのか

職業柄、気になるもの。
 

前の学校では、

「スエマティー」やら「マッケンジー」

だったようだが、

今の学校に来て、どうやら、

「まってぃー」と呼ばれていることがわかった。
 

昔、叔父から、「教師たるもの、ニックネームをつけられて一人前」

と言われたことを思い出す。

この学校でも、やっと一人前になれたということか。(^^)

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2017.12.19

今日から校内作品展

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がんばって、全作品にコメントカードもつけました。

お近くまでお越しの方は、保護者の顔をしてしれーっと玄関から入り、

そのまま2階までお上がりいただければご覧になられます。<(_ _)>

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2017.12.17

県高文連第13回県写真展

 本日、県高文連第13回県写真展が終了しました。結果は、

  最優秀賞 1名 (来年の全国大会出場)
  優秀賞  0名 (九州大会出場者出せず)
  優良賞  6名
  顧問賞  1名 (今年から新設された、顧問からの票で決まる賞)

 1年目(と言ってもまだ半年しか経ってない)にしてはまあまあかな。

 入賞35点中7点を出せたのですから、2割をうちで占められたと考えれば80点くらいか。本当は優良賞の6点のうち1~2点は優秀賞(九州大会出場)に食い込める作品だったと信じて疑わないのですが、委託した審査でもあり、時の運もある。そのあたりは来年の私の課題。

 実は地味に「顧問賞」を取れたのがうれしい。県内の高校写真部の顧問が、自校以外の作品で最優秀賞・優秀賞に入らなかった作品から3点に票を投じ、上位3点が選ばれる仕組みなのですが、それに1点入ったってことは、普段、高校生の作品を見慣れている人に認めてもらえたと言うこと。これはうれしいです。それが私一押しの作品であり、かつ優秀賞の選から漏れた作品であるのでなおさら。「ね! やっぱりこれいいやろ!」って感じ。顧問の皆様、ありがとうございました。

 この半年間、正直言ってくじけそうでした。まるで活動実態のない部でしたので、県大会に出場できる状態にするのが精一杯だろうとあきらめていました。が、なんとかここまで来ました。今日は生徒を褒め殺しにしておきました。と同様、私自身を誉めてあげたいと思います。(銘酒「梅錦」で祝杯。)

 この行事が終わると年の瀬。やっと1年が終わる感じ。でもその瞬間に、来年度の戦いが始まるのです。このプレッシャーは高みを目指させる顧問の宿命。それを楽しめる自分でいたいと思います。私の作品作りもしなきゃなぁ。

 明日は修学旅行に出発する生徒を見送りに5時半登校。早く寝ます。

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2017.12.16

トルネコの記憶と記録

あまりに凄すぎるので、敬意を表して記事を残しておきます。

「トルネコ日記」


“1000回遊べるRPG”を4000回遊んだ男 「SFCトルネコの大冒険」に挑み続けるプレイヤーが語る「不思議のダンジョンには、まだ不思議がある」

Capd20171216

 「1000回遊べるRPG」

 主人公トルネコが挑む「不思議のダンジョン」は、入るたびにダンジョンの形状が変化。また、いくらレベルを上げても、地上に戻るとレベル1に戻ってしまうという不思議な性質がありました。これらのゲームシステムのおかげで、何度でも新鮮な気持ちで遊べることから、「1000回遊べるRPG」というコピーが採用されていました。

 一見、大胆と思えるこの表現、実際には“謙虚すぎた”かもしれません。というのも、今回取材した秋川さんは、同作を実機で4000回以上プレイ。現在もダンジョンに潜っては、Web上にプレイ日記を公開しつづけています。しかも、その日記がめちゃくちゃ細かく、真剣さが伝わってくるのです。「この人、本当にダンジョンに潜っているのではないか」と思ってしまうくらい。

 「トルネコの大冒険」の一体何が、彼をこれほどまでに熱中させているのでしょうか。「1000回遊べるRPG」が、1000回では遊び尽くせなかった理由を伺ってきました。

●「1000回遊べるRPG」を、4000回プレイした男

―― 今まで「トルネコ」にどれくらい時間を使いましたか?

 私の場合、「もっと不思議のダンジョン」を1回クリアするのに、2~3時間かかるので……。

―― 少なくとも数千時間は費やした計算になりますね。

 当時のSFCのソフトの定価が1万円くらいだったのですが、これくらい遊ぶと、1プレイあたり2円台で楽しんでいることになりますね(笑)

―― プレイ回数はどうやって把握しているんですか?

 「トルネコ」は、セーブデータにダンジョンに潜った回数が表示されるので、そこを見ています。

―― スーパーファミコンって、セーブデータが消えてしまうことがありますよね。データの保護はどうやって?

 私は部屋に本体を出しっぱなしにしてプレイしているのですが、データ紛失が怖いのでソフトは抜かないようにしています。「データ保持に使用されているカセット内の電池がダメになっても、本体を通電しておけば大丈夫」と聞いたことがあって。

 でも、コントローラーはたまに買い替えていますよ。何年間も使っていると、ボタンが劣化してしまうので。

―― 「トルネコ」はランダム要素が強いゲームですが、4000回の中で印象に残っているプレイはありますか?

 いろいろありますが、最近だと攻撃が9回連続でミスしたことですかね。私が調べたデータでは、攻撃が外れる確率はトルネコ、モンスターともに8分の1。ここまで連続する確率は、約1億3422万分の1です。相手はさまようよろいだったのですが、HP全快の状態から瀕死に陥りました。

―― そこまで低確率だと「たった4000回のプレイで起こった奇跡」といいたくなりますね。

 ええ。運が良かったのか、悪かったのか……。20年くらいプレイしていると、こんなことも起こるんですね。

●「パソコン少年」憧れの名作が、スーパーファミコンにやってきた

―― 「トルネコ」に出会ったきっかけは?

 私は現在45歳で、物心つくころには「月刊コロコロコミック」があって、インベーダーブームが起こって……という世代です。

 「こんにちはマイコン」(※)を読んで、子どもながらに「PCってすげえ!」と驚いた覚えがあります。「ゲームセンターあらし」のキャラクターが登場し、プログラミングの方法などが学べる漫画で、プログラミング言語「BASIC」にのめり込むきっかけになりました。

※1982年に発売された、すがやみつるによる学習漫画。コンピュータの歴史や仕組み、簡単なプログラミングなどを学ぶことができ、当時の“マイコン少年”たちに多大な影響を与えた

―― 1970~80年代に現れた、いわゆる「パソコン少年」「マイコン少年」だったんですね。

 中学生のころだったかな。1985年前後に、PCゲーム情報などを扱う雑誌「ログイン(LOGiN)」で、「Rogue」という作品が猛プッシュされました。「トルネコ」を含む、いわゆる「ローグライクゲーム」の元祖となる作品です。

 「主人公が1人でダンジョンに潜り、深階層にある『イェンダーの魔除け』を入手した後、ダンジョンからの脱出を目指す」という内容なのですが、ゲーム画面には絵がなく、代わりにASCII文字が使われていました。

―― グラフィックがなく、文字で敵やアイテムを表していたんですよね。今となってはかなり取っつきにくいゲーム画面でしたが、面白さから熱狂的なファンがいたとか。

 当時の「ログイン」編集部もハマっていたらしく、同誌オリジナル版作品が作られるなど盛り上がりを見せていました。しかし、残念なことに、私の所有していたPCでは「Rogue」が遊べなかったんですよ……。

 21歳くらいのとき、「Rogue」をベースにしたスーパーファミコン用ソフトが発売すると聞き、「うひょーっ!」と飛びつきました。それが「トルネコの大冒険」だったんです。

―― 憧れのゲームがようやく家にやってきたわけですね。ちなみに、初めてプレイしたときのことは覚えてます?

 あっさり死にましたね……。

―― ですよね(笑)。「Rogue」よりも分かりやすいゲームになっていますが、やはり立ち回り方が分からないうちは……。

 「まどうし(※)をうっかり攻撃 → ラリホーで眠らされ、行動不能になっているあいだにボコボコにされる → ももんじゃ(※)に連行される」という一連の流れは誰もが経験すると思います。

 「不思議のダンジョン」攻略後に解放される「もっと不思議のダンジョン」も苦労して、クリアまでに50回くらいチャレンジしましたね。30階以降にある奇妙な箱がようやく地上に持ち帰れたときは、「もう二度とクリアできないだろうな」と思いましたよ。

―― そこから何千回もクリアすることになるわけですが……。

※まどうし:接近するだけなら何もしてこないが、攻撃を加えると目を覚ましてしまう。ラリホーが危険なので、うかつに手を出さないのが基本。

※ももんじゃ:ダンジョン内でゲームオーバーになると、倒れたトルネコをももんじゃが4体がかりで地上まで運ぶシーンが流れた。「やめて、トルネコのHPはゼロよ!」と言いたくなるくらい、わりと乱暴。

●アイテム強化にハマった10年間

―― 日記には1986回目のプレイから掲載されていますが、それ以前はどんな風に遊んでいたんですか?

 データ的には4000回以上プレイしていることになっていますが、そのうち1000回くらいは「装備などのアイテムを強化するために、巻き物をダンジョンに持ち込んで、リレミトの巻物で帰る」みたいな遊び方だったと思います。そうやってアイテム強化に励んでいた期間が、10年くらいありました。

―― 10年間……! そこまで育てた装備って、どんな感じです?

 武器、防具の修正値の上限は「+99」と思われがちなのですが、「もっと不思議のダンジョン」でゲットできるパルプンテの巻物(※)を使うと、さらに上げることができます。やりすぎると、数値がオーバーフローして一気に「-128」まで下がりますが。それを利用して「マイナスと表示されているのに、めっちゃ強い装備」を作りまくったり。あと、「鍛えすぎてなぜか呪いのマークがついた杖」を大量に集めたりもしていました。

※秋川さんのWebサイトによると、「(ランダムに効果が出る)パルプンテの巻物の効果の1つである『アイテムの効果が3上がった』を利用すると、ちからの指輪を鍛えたり武器や盾を+100以上にしたりすることができる」

―― なんか俺の知ってる「トルネコ」と違う。

 アイテム強化目的でダンジョンに入るついでに、ゲーム内の現象に関するデータを収集して、統計的な分析もしていました。ゲーム内のダメージ計算を独自に解析して「ダメージ計算シミュレータ」を作ったり、各モンスターを1000回ずつ倒して、アイテム所持率を調べたり。

―― 「最高値で売れるアイテムは、銅の剣-11(65534ゴールド)」なんてまったく知りませんでした。当時の攻略本を読んでも、知っていることしか書かれていないのでは?

 公式ガイドブックは、ちからの指輪の価格など一部に誤植があります(即答)。

―― ……攻略本よりも上の次元にいましたか。

●発売から12年後に始まった「トルネコ日記」

―― 「トルネコ日記」をつけはじめたきっかけは?

 昔、友人が「このゲームは面白いけど、運要素が強すぎる」と話しているのを聞いて、疑問を抱いたんです。「確かに不確定なところはあるけど、自分は『もっと不思議のダンジョン』を9割くらいクリアできているような気がするし、プレイヤーの腕の方が大事なのでは?」って。

 紙に記録して、正確な自分のクリア率を調べてみたところ、50回ダンジョンに潜って約20勝。「最近やっていなかったから、本調子が出なかったのかな」ともう50回やってみたら、また20勝台。さらに50回挑戦しても20勝台。「クリア率9割」という体感と、本当の実力に大きな開きがあることが分かりました。

 この出来事をきっかけに、2005年ごろからクリア率アップを目指して「トルネコ日記」をつけるようになりました。Web上に公開していますが、自分用の記録として使っていて、空き時間などに読み返しています。

―― 「もっと不思議のダンジョン」のクリア率はどう推移していますか?

 日記を書き始めたころは5割程度でしたが、2010年からクリア率が9割に到達するようになりました。かつて思い込んでいた「自分の実力」の水準ですね。

―― 秋川さんはどんなプレイスタイルなんですか?

 私はアドリブ力が弱いので、完全な事前準備型です。今も「トルネコ」をプレイしている方の中には、RTA(リアルタイムアタック)に挑戦している人もいますが、私は苦手ですね。どちらかといえば、慎重に進めていきたいタイプで、経験を積めば誰でもできるような方法論を確立することを目指しています。

 方法論は少しずつ変わっていて、例えば、以前はスモールグール(※)が出現するようになる4階でやられることが多かったんですが、今は対策を取るようにしています。……とはいえ、「歩いているうちにHPが自然回復するから、ダンジョン内にループで歩き回れる場所を見つける」みたいな地味なテクニックですよ。

 「トルネコ」は、「風来のシレン」(※)と違ってアイテムなどの効果が弱いので、革新的な攻略法が生まれにくくて。でも、私には、その地道さが合っている気がします。

※スモールグール:攻撃を受けると、時々分裂するモンスター。トルネコの立ち位置が悪くて挟み撃ちされたり、増えすぎて戦闘が長引いたりとかなり厄介。

※風来のシレン:「不思議のダンジョン」シリーズ第2弾として、チュンソフトから1996年に発売。SFC版「トルネコ」には無かった壺(つぼ)のほか、アイテムの合成、ダンジョン内の店舗などが導入された。

―― 日記の中では、過去の失敗に触れることが多いですよね。2985回目のときに「2711回目や2737回目の反省が生きたぞ」とか。そんなことよく覚えてるなー、と。

 さすがに「このパターン、○○回目のダンジョンで見たやつだ!」って記憶してるわけではないですけどね(笑)。「前にもこういうこと、あったな」とぼんやり思い出してから、日記で確認して書いたんですよ。何度も読み直しているので。

●「トルネコ」の本質は“リソース管理”

―― 「もっと不思議のダンジョン」を攻略するうえで、重要なアイテムってあります?

 うーん……やっぱり「かわのたて」は大きいと思います。

―― 腹減りの速度が半減する防具ですよね。でも、防御力が低くて使いにくくないですか、あれ。

 「トルネコ」で大事なのは、空腹度やレベル、アイテムといったリソースをうまく管理することだと思っています。

―― リソース管理ですか。

 「普段はかわのたて、戦闘時はもっと防御力の高い盾」と使い分けて腹減りを抑えると、食糧面で楽になります。その余力で経験値稼ぎ、アイテム集めに注力できると楽になるんです。

●最も難しいのは、1階

―― 日記を読んで、1階でよく死んでいることに驚いたんですが。

 低層階は難しいですよ。特に1階は、最難関フロアといってもいいと思います。

―― え、誰でも突破できる最初の階じゃないですか!? どろにんぎょうにレベル下げられたり、ドラゴンが火を吹いてきたりもしませんよ。

 そういったモンスターが出る深い階層なら、装備やアイテムで何とかできる可能性があります。でも、ダンジョンに入った直後の1階は、何も持っていません。

―― でも、1階で出てくるモンスターなんて、せいぜいスライムとかドラキーとか……。

 いえ、ゴーストがめちゃくちゃ強いんです。ダメージなどを計算すると、2体同時に遭遇した場合の生存確率は約50%しかありません。しかも、厄介なことに、1ターンに2回行動する特殊能力があるので、逃げようとすると「移動 → 攻撃」と追い打ちしてHPを削ってきます。

 「トルネコ」のベースになった「Rogue」にも、倍速移動するモンスターが1階から出現しますが、こちらは追い打ちできない設定。プレイヤーが1マス逃げると1マス追ってくるけど、攻撃はしてきません。

 要するに、ゴーストはあえて特殊能力の強化が行われているんですよ。できることが少ない最序盤に、あんなに強いモンスターを出すという判断を下した開発チームはすごいです。ゲームづくりの妙があると思いますよ、ゴーストには。

―― そういえば、1階で死亡したときの日記は、つらさがにじみでてますよね。嫌な形で現れたゴーストに対処できなかったことに対して「これはしょうがなかったんじゃないかなあ……」「これはどうしようもな……くない」「やはり1階は難しい」など、かなり悩んでいる様子が伺えます。

 1階が抜けられるかどうかには、どうしても運が絡んでくるんですが、それでも、プレイヤー側の工夫で何とかしたいという気持ちがあって……。昔は1階でやられると悔しくて、すぐに再プレイしていたのですが、今はひとまず日記を書いて、自分の考えをかみ砕いて消化するようにしています。

―― ゲームとは思えない真面目さ……!

●「トルネコ」をやりつづける理由

―― もう1つ、日記で印象的だったのが、すごく人間臭いところでした。「この人、ゲームじゃなくて、本当にモンスターと戦ってるんじゃないか」と思ってしまうくらい真剣な文章を書いたり、お酒を飲んだ後にプレイしちゃってものすごく後悔したり(笑)

・真面目なときは求道者のごとく

「可能性が極端に低くとも、そこに生き残れるチャンスがあるならば全力を尽くさなければならない」(2297回目)
「我に返れる冷静さと、易きに流れない心の強さが欲しい」(3610回目)
「連勝は34でストップ。(中略)まだまだ精進が足りない」(3773回目)
「もっと緊張感を持ってプレイするべきだろう。ぬるい」(4175回目)

・でも、たまにやっちゃう飲酒プレイ

「酒を飲みながらやっていたらえらいピンチに」(2121回目)
「ビール飲みながらやってたというのがそもそもの間違い」(3104回目)
「だから酒飲んで帰ったときにトルネコの続きをやるなと言ってるのに」(4067回目)

 お酒を飲みすぎたときは、やっぱりダメです(笑)。視野が狭くなって、画面の隅にいる敵を見落とします。休日の朝なんかも、コンディションが良くないですね。

―― 2009年に「単純ミスを無くすために、声出し確認すべきか」と検討していましたが、あれはどうなりましたか? 「クリア率を上げたい」「でも、さすがにやりすぎか……」と葛藤していたようですが。

 結局、採用しませんでした(笑)。でも、階を移るときに「その階の注意点」「やるべきこと」「持っているアイテム」などを確認するだけでも、けっこう違いますよ。危機管理能力みたいなところが問われるゲームなので。

―― 最後にどうしても聞きたかったことを。秋川さんはなぜ、そんなに本気で「トルネコ」を遊びつづけているんですか?

 最近のゲームは、ゲーム側が“遊ぶ目標”を用意してくれますが、昔は違いましたよね。ハイスコアを目指すなど、プレイヤー側が自分なりに見つける必要がありました。

 私にとっての“遊ぶ目標”は「『もっと不思議のダンジョン』で最適に動いた場合の理論的なクリア率」を確かめること。運要素も多少絡んできますが、95%くらいになるような気がしています。

 分かりやすく言うと「もしも、めちゃくちゃうまい人がノーミスで100回プレイしたら、95回は奇妙な箱を持ち帰れる」という仮説を立てているんです。これを証明したくて、自分がどこまでクリア率が高められるのか挑戦しています。

―― 出現するアイテム、ダンジョンの形状などによって冒険の内容は毎回変わるのに、腕があればほぼ確実に攻略できる……というわけですか。驚異的なゲームバランスですね。

 この課題が終わったら、私の「トルネコの大冒険」は終わりかもしれません。

 ですが、今でも試行錯誤の積み重ねで、遊んでいて楽しいですよ。周囲からはずっと同じことをしているように見えると思いますが、私は攻略法のバージョンアップを繰り返していますから。この間は、ミイラおとこが出現するようになる5階の立ち回りについて検討していました。

 今までは4階でアイテムの識別を行うようにしていたのですが、それを改めたほうがいいんじゃないかって考えているんですよねえ……。

――  え、こんなにやり込んでいるのに、まだ悩むことがあるんですか?

 今でも不思議でいっぱいですよ、「もっと不思議のダンジョン」は。

 「不思議のダンジョン」シリーズは初代「トルネコの大冒険」以降、「風来のシレン」のほか、「チョコボの不思議なダンジョン」「世界樹と不思議のダンジョン」といった派生作品が登場。秋川さんは他作品に手をつけながらも、今日まで「トルネコ」を遊びつづけてきたそうです。

 同氏のWebサイトに設置されている掲示板では、今でも「トルネコ」プレイヤーからの書き込みが。攻略情報の交換、クリア報告などを行っており、古い作品ながら現役のファンが存在することに驚かされます。発売当時は誰も予想していなかったかもしれませんが、「1000回遊べるRPG」は「数千回遊んでも、数十年たってから遊んでも色あせないRPG」として愛されつづけているようです。
(ねとらぼアンサー)

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2017.12.15

来年、カナダに持って行く物

薬、けん玉、キットカット、招き猫

これ100%、メモ。

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2017.12.14

段ボールの可能性

世界は広い。こんなものを作れる人になりたい。

Mf

「MON AMOUR MONA ROOM」
「大野萌菜美のダンボール女子ブログ」

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2017.12.11

シンガポール旅行記 その35

 現地、カラフル観光のオプショナルバスツアーは次のとおり。

 1 ガーデンズ・バイザベイ
 2 マーライオン公園
 3 チャイナタウン散策
 4 ランチ
 5 アラブストリート散策
 6 リトルインディア散策
 7 マリーナ・ベイサンズで解散(15:00予定)

 長い期間滞在するのであれば自由に見て回る方が楽しいのだが、短期の滞在の場合、公共の交通機関を使った移動には時間がかかるし、土地勘がなく迷ったあげく、大した観光もできなかったなどということがあったりするもの。満足度の密度を高めるには観光バスが一番。私の母の教えである。このツアーで、ざーっとシンガポールの典型的な観光地を回れるので、もう一度ゆっくり見てみたいと思ったところを最終日にもう一度回るという計画である。後で振り返ってみても、結局のところ、正解だったように思う。

 最初の目的地、ガーデンズ・バイザベイを目指してバスは出発した。ここまで来るのにずいぶん時間がかかったし、ずいぶん待たされた。やっと待ち望んでいた観光が始まる。ガーデンズ・バイザベイは目の前にあるので、ほんの2~3分もあれば到着するだろう。

 ん? えっ!? そっちに行くの? いや、そこに見えてるのがガーデンズ・バイザベイじゃないの?(゜Д゜) バスはガーデンズ・バイザベイを横目に、明らかにどんどん遠ざかる。どんどん、どんどん...。

 この頃になって、やっと抱えていた妙な違和感が何だったのかがわかった。この国の主要道路は、そのほとんどが「一方通行」になっているのだ。この半日間、道路ですれ違う車をほとんど見ていなかったことが違和感の原因だった。交通事故を減らすための国の政策なのだろう。おそらくはこの道路もそうで、ガーデンズ・バイザベイの方向に行きたくても、今来た道をわずか500mほど引き返せないため、大きく回り道をしなければならない。なんてこったい。そこに見えているあそこに行くだけだというのに、どれだけ回り道をしなければならないのだ...。

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      青が最短距離、赤が回り道したルート。なんてこったい。

 推定距離5kmの回り道である。ホテルを出てからそろそろ1時間は経つ。はやる思いを抑えきれなくなってきた。イライラしてはいけない。ここは日本でもないし、何より楽しい旅行中なのだ。

 バスが街中を走る間、明さんはひたすらマシンガンのように話しまくる。シンガポールという国のこと、建国の父と呼ばれたリー・クアンユーのこと、民族のこと、歴史のこと、文化のこと、ついでに自分の職歴のこと...。

「シンガポールは小さい国。何も無い。資源は人だけ。人が宝。だから教育に力を入れてる。大学生はどんどん外国に留学して勉強する。だから、マレー語じゃなくて英語を公用語にして、みんな英語話すようにした。外国で勉強する。シンガポールに戻って国を良くして欲しい。でも、若い人が世界中に行って若い人少ない。若い人戻ってこない。なぜ? 住むところはある。国がマンションを建てて住むとこ作った。ある。でもシンガポールでは車買えない。車とってもとっても高い。デートするとき車無いは嫌ね。ガム食べられない。ダメなこと多い。だから若い人、シンガポール帰ってこない。働く人、少ない。だから、マレーシアや中国、インドから労働力来る。多民族国家になるね。言葉、英語大切。シングリッシュ話す。(笑) 仲良しだけど、時々喧嘩する。若い人、大学行って勉強するからきつい仕事嫌。若い人いないと子供できない。年寄りばっかりの国になる。難しいね。」

リー・クアンユー(Lee Kuan Yew、李光耀、りこうよう)
 シンガポールの初代首相。就任以降、長期にわたり権威主義的政治体制、いわゆる「開発独裁」を体現し、独裁政権下ながらシンガポールの経済的繁栄を実現した。2015年3月23日没。

 どうやらこの人のことを抜きにシンガポールは語れないようだ。歴史に疎い私にそれを雄弁に語れる知識は無いのだが、この旅の中で学んだレベルで表現すると、かなりの独裁的政治を繰り広げた人物のようだ。知人の言葉を借りると、「シンガポールは明るい北朝鮮」だとか。指導者の部分だけに関する比喩だろう。クアンユーがなした政治の結果である今を見る限り、人々はその過程を振り返ってそれを肯定している。ジェンが「シンガポールの選挙はまったく盛り上がらない。みんな、選挙をしても現状は変わらないと考えているから。」と言っていた。日本人もよく同じようなことを言う。小さな点はともかく、大きく見ると、戦争や貧困がない現状に不満がないからそうなるのだろう。シンガポールという国はうまくいっているんだと思う。すばらしい指導者だったんだろうなぁ。

 小さい国であるが故に先進国とは呼ばれていないのかもしれないが、シンガポールは日本と比べても、なんら引けを取らない進んだ国に見える。資源に乏しく、特に水資源の確保に関してはマレーシアに弱みを握られている構図になっているし、エネルギー資源が無く、製造産業の規模も大きくないことから、情報、金融、輸送、観光、教育などのソフトを生かした部分に力を入れている。特にこの旅で観光と教育の一部分を見聞し、一層シンガポールの発展した考え方、その半強制的な実践力に驚いた。分野によっては、アジアナンバー1は間違いなくシンガポールなんだろう。明さんに、「シンガポールはすごいですね。日本の東京みたいです。」と褒め言葉のつもりで言ったのだが、彼女の顔は軽ーく不満げな表情に見えた。心の中では「東京より上だよ。」と言っている気がした。

 自家用車の氾濫による渋滞、事故、公害を減らすため、自動車取得に法外な税金をかけたり、街をきれいにするために街中でのガムや飲食を制限したり、国の国際化を図るため英語を公用語にしたり、国を作り替える第一歩として、人々に住居を与えるべく大量のマンションを作り、安くで国民に提供したり、国そのものをテーマパークにして観光客を招き入れるための街作りをしたりと、施策はあくまで国民のより良い生活を考えてのことであることがわかる。北朝鮮とはやり方がまったく違う。それでも、新たな問題が発生し、悩みは尽きないというのだから、政治・国作りというものは本当に難しい。(シムシティーも桃太郎電鉄も難しかった。)

 良いリーダーがいると国は良くなるのだろう。どうやったら良いリーダーだと見抜けるのだろう。どうやったら汚職が発生しないかは、システムでは無く、良心に委ねるしか無いのか。たまたま彼は良い政治家だったのか。それとも良い政治家を生み出す基盤作りに、普遍的なアイディアがあるのか。社会のことに疎い私が、答えは出せずとも、そんなことをちょっとでも考える機会と時間を与えてくれたシンガポールに感謝である。

 さて、バスはその5kmほどの遠回りをする間、マリーナエリアにある最高裁判所の前を通過し、朝方に通った道に戻る。たぶん、もうちょっとでガーデンズ・バイザベイのはず。今度こそ。心をワクワクモードにする。

(つづく)

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2017.12.06

シンガポール旅行記 その34

 ツアコンは、おそらくは中国系と思われる60代くらいの女性。シンガポールは中国系のプラナカンで占められているのがよくわかる。中国訛りはあるが、結構な早口の日本語である。後ろから詰めて座れと言われたが、中はがらがらで、カップルが一組乗っているだけである。この後、たくさん乗ってくるのだろう。指示通り、一番後ろの方に座る。車は大きめの観光バスで外観は悪くなかったのだが、いざ席に着こうとすると、背もたれの一部にほころびがあったりもする。とりあえず適当な席に座り、背もたれに体重をかけると、後ろに倒れるように沈み込む。妻の席はそうでもないところを見ると、リクライニングが壊れて固定されないようだ。

 「みなさん、オハヨウございます。私、HISの明と言います。よろしくお願いしマス。あっ、そんなに後ろじゃなくてもいいですよ。私の日本語、わかりますか? 大丈夫? ハイ、それじゃ出発しますね。」

 なにやら観光バスの場合、前の方と後ろの方の席では保険の額が異なるらしく、経費削減のためか、一杯でない限り、前の方には座らせないらしい。詳しいことはわからないが、ぎちぎちに後ろに詰めて座る必要がないということはわかったので、背もたれがまともな席を探してちょっとだけ前に移動する。

 バスは、オーチャード・ロードを東へ進み始める。途中、別のホテルで乗客を拾い、マリーナベイ・サンズで最後の客を乗せてから、今日の目的地へと行くようだ。

 うっすらと雲がかかった曇り空の朝である。真夏の赤道直下での観光ゆえに、射すような日差しがないのはちょっとだけありがたい。8:30の街には都会の喧噪がただよっていたが、日本のそれに比べると息苦しさがない。人の数の違いだろうか。いや、それもあるが、わずかだがリズムが違う。人々の動きに焦りにも似たスピード感がない。道路沿いの建物は、おそらくは高層マンションだろう。20~30階建ての、それでいて割と細身の建物が林立しており、所々で工事が行われている。道路にも黄色と白、黒と白の立体的なガイドライン。これもまた工事の途中感を醸し出しているのだが、こちらはもしかしたら常設されている設備なのかもしれない。

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  まるでF1のサーキットみたい   車窓からの風景をぼんやり眺める

 途中に立ち寄ったホテルの名前は思い出せないが、近くには学校や教会があり、緑に囲まれた閑静な通りを通った。バスの中から撮った写真に「チャーチストリート」の表示があるので、最後はチャイナタウンをかすめるようにしてマリーナエリアに入ったのだろう。左手に海が見えた。

 「あれがマリーナベイ・サンズ。あれがマーライオン。あとで来ます。」

 明さんが促す方向を見た。マリーナベイ・サンズは大きな建物なのでここまで来るとよく見えるのだが、マーライオンはやや離れたところにあり小さかったのですぐに建物に隠されてしまい、見えたのは一瞬だった。まあ、後で行くのでその時の楽しみに取っておこう。

 マリーナベイ・サンズに到着する。建物が近づくと、各部屋のバルコニーの様子が割とよく見える。おそらくどの部屋からも、すぐ南側に横たわるガーデンズ・バイザベイとその背景に広がるシンガポール海峡が一望の下に見渡せるのだろう。ここに宿泊すること自体がシンガポール旅行の目的になっている人たちがたくさんいるのだろう。次の機会があればそうしてみてもいい。

 駐車場入口にバスは吸い込まれる。殺風景な駐車場内でここに宿泊していたこのツアーへの参加者が乗り込んできた。しかし、明さんがなかなか乗車しない。どうやら予定された客が2~3組来ていないようだ。しばらく待たされたが、しびれを切らし、明さんがバスに戻る。来なかった客を置いて、バスは出発した。

(つづく)

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2017.12.04

私には教える自信がない

分析 プレテスト 問題の構成とねらい
 大学入学共通テストの導入に向けて、11月13日から24日の間に実施された試行調査(プレテスト)は、平成28年8月に文科省が公表した「高大接続改革の進捗状況」で概要が示された後、10カ月程度の比較的短期間で委員の間で集中的に議論し、問題を作成した。
 各教科共通して、知識の理解の質を問う問題、思考力・判断力・表現力を発揮して解く問題を重視した。特に国語と数学Ⅰ・Aでは、解答を文章で表現する記述式の問題が含まれている。また、それら以外の教科・科目のマーク式でも、複数の解答を選ぶ問題や該当する答えがなければ「0」にマークするという指示、いわゆる「解答なし」が含まれている問題もあった。
 解答は従来より時間がかかったり、最後まで解ききれない生徒がいたりすることが想定された。選抜機能を果たすために一定数の問題の確保や、分野ごとの問題のイメージを網羅する必要性もあり、問いの配列を考慮して作問された。
 問題の中には、教科書には出てこない初見の資料を複数扱い、中学校までの学習や授業などで得た既存の知識や思考力を活用し、課題解決するものも多くあった。(教育新聞)

 この新テスト、1回作るだけなら私にでも力を尽くせば作れる。毎回となると、たぶんまいってしまう。なにより、この試験に対応できる生徒を育てる授業を、今のあの教科書の厚み全部に対して行うとなると、おそらく全国の高校の物理の教師の5%くらいしかそれをなし得ないと思う。私はその5%に入る自信はあまりない。文科省が描いた理想論が、絵に描いた餅になりませんように。

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2017.12.03

シンガポール旅行記 その33

第2日目

 何時間寝たのか。頭も体もすっきりなのだが、長く寝たわけではない。これも緊張ゆえのことか、それともわくわくする心なのか。無理に寝る必要はない。ベッドの上でiPadのマップを眺めつつ、地図を頭に入れておくというよりは、今日やってくるであろう出来事を想像してみる。いよいよ、本格的なシンガポール観光の始まりの日である。

 ところで、部屋のトイレで気づいたこと。それは便座の高さ。以前、「世界の日本人妻は見た!」の番組で、オランダで過ごす日本人女性が「便座が高くて、自分が一段と小さくなった気分になる。」 と言っていた。オランダ人はみんな背が高いので、彼らに合わせたサイズの便座は、その女性が座ると足が床につかないらしい。このホテルのトイレに座ると、身長175cmの私もぎりぎりで足が床につかない。妻など、足をぶらぶらさせる感じだろう。町を見渡した限りでは、シンガポール人が特別背が高いとは思わなかった。外国人用サイズなのかもしれないが、ここにも「外国人=欧米人=背が高い」の法則があるのだろうか。

 今日の最初は観光バスツアーだ。ホテルのロビーに8:30に集合することになっているので、少し早い気もするのだが、7:00過ぎに朝食を食べに行く。5階にあるレストラン「トリプル・スリー」で朝食ビュッフェだ。

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 すでにかなり多くの人々が朝食を取っている。どこの国のものかよくわからない言葉が飛び交っていて、案外騒々しい。日本だと洋食と和食のメニューが並ぶところだが、ここでは、洋風のブレッド・フルーツ・ベーコンエッグなコーナーはもちろん、中華風、インド風、マレー風、ベトナム風、そして和風の料理が、かなり広めのスペースに分けてずらりと並んでいる。ここにもシンガポールらしさがあふれている。インド料理は何となく見た目でわかるのだが、東南アジア各国の料理は明確に線引きできるだけの知識がない。料理名も良くはわからないが、とりあえずエキゾチックなものをできるだけたくさん味わいたいと思い、少しずつ皿に取って試してみた。辛めのナンプラーを加えたフォーや、スパイシーな魚やチキンの料理が結構おいしかった。あまりにいろんな種類の料理がありすぎて、何を食べたのか思い出せない。覚えているのは、妻が「普通のコーヒーが飲みたいのに。」と愚痴っていたこと。コーヒーはおそらくはネスカフェと思われるインスタントしかなかったからだ。この高級感あふれるホテルのレストランには似合わない感じがするのだが、外国ではインスタントコーヒーもOKなんだろうか。

 食事を終え、部屋に戻ろうとしてエレベーターの方に向かうと、床にお札が落ちているのを見つけた。20ドル札が2枚。誰かが慌てていて落としたのだろう。フロントに戻って預けようとしたが、フロントには人が並んでいて、すぐにはホテルスタッフに声をかけられない。お金を預けるだけなので、やや割り込む感じで、お金を差し出しつつ声をかけようとすると、

 「両替ですか? だったら、あちらの方でお願いします。」
 「いや、両替じゃなくて、拾ったんです。」
 「(・_・)ん?」
 「だから、私のじゃなくて、エレベーターの前の所で拾ったお金を預けたくて。」

 複数名のスタッフが、かなり怪訝そうにこちらを見ている。たぶん英語が通じていないのではなく、理解されていない。「この日本人は何をしたいのだろう?」って顔に書いてある。そうか、もしかしてお金を拾って届けに来るという行為が不思議なのか。もしかしたら、ものすごく怪しまれてる感じ? でも日本人にとってはこれが当たり前なのだよ。これを懐に入れるわけにはいかんのだよ。ツアーの集合時間も近づいていたので、議論している暇はない。彼らも今ひとつ納得していなかったようだが、ほとんど、「じゃ、ここに置いていくね。」といった感じで、日本円にして約3,500円くらいのお金を彼らに託す。落とし主は出てこないんだろうね。きっと。

 部屋に戻り、出発の準備を整える。集合時間まで15分。さあ、部屋を出ようとしたまさにその瞬間、フロントから「集合のお時間です。」との電話が入る。日本並みにせわしないなぁ。急いで1階のロビーに行くと、すでに観光バスの添乗員が待ち構えていた。「カラフル観光のお客さんネ。ハイ、あの大きいバスに乗ってネ。今日はお客さん、たくさん乗るので、後ろの席の方から座って下サイ。」 今日の前半の行事、観光バスツアーがいよいよ始まった。

(つづく)

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