« シンガポール旅行記 その53 | トップページ | シンガポール旅行記 その55 »

2018.05.06

シンガポール旅行記 その54

 夕方になり、ほんのちょっと日差しが柔らかくなってきた。それでも赤道直下の国のこと。さすがに建物の外でじっと待つのはつらいので、中に入り、一面ガラス張りの扉の外をきょろきょろと眺めながら彼女らの到着を待つ。

 あっ、ジェンだ。手を振りながら近づいてくる。向こうが先に気づいてくれたようだ。久しぶりの再会になんだかとってもうれしくなった。夫のチュアンともあいさつを交わす。笑顔に優しそうな人柄があふれているナイスガイだ。彼とは初対面なのだが、フェイスブック上で何度も見かけているため、まるで初めてな気がしない。

 「さぁ、食事に行きましょう。タクシーに乗りますよ。」

 そう言って、彼らの導くままに建物の東側の外に出る。なんだ、こんな所にタクシー乗り場があったのか。ちょうど混み合う時間帯なのだろう。タクシー乗り場には結構な人の列。並んで待ちながら、お互いの自己紹介やここに来るまでのこと、昔の思い出話に花を咲かせる。日本にいた頃の彼女は、周囲の人とはがんばって日本語で話していた。私は積極的に英語で会話するようにしていたので、彼女の中では「英語が通じる人」と思われているのだろう。ここは彼女の母国。当時以上に遠慮がないスピードの英語で話しかけてくる。しばらくは彼女のマシンガン・イングリッシュに耳を慣らすのに必死だった。しかし、会話とは不思議なもので、気がつかないうちに少しずつ慣れていくものだ。もしかしたら彼女の方が自然とリズムを変えていってたのかもしれない。

 順番が回ってきた。あのカラフルなタクシーのうちの一台に乗り込む。そうか、また例の大回りコースなのね。この道を通るのは今日何回目だ? この時ばかりは風景はどうでもいいので、タクシーの中でもジェンの英語に集中する。街のあちこちに残る祝賀ムードの余韻...と言うか掲示物から、話題がナショナルデー(National Day)についてになった。そう言えば、オーチャード通りにもたくさんの掲示物があった。

 ここに来るちょうど一週間前、8月9日はシンガポールの52回目の建国記念日だった。式典はシンガポール国籍を持つものしか参加できないらしいが、町中がお祭り騒ぎとなるようだ。その人々のお祝いの仕方があまりにまちまちで、独立記念日とはかけ離れた、わけのわからないお祭りと化しており、パレードを見るとそれがよくわかるのだと彼女は言う。勝手に「博多どんたく」を想像してしまった。合ってるのかどうかはわからないが。(昔の「佐世保くんち」もそうだった。)

 1965年8月9日、シンガポールはマレーシアから独立した。独立と言うと響きが良いが、マレーシアから独立を勝ち取ったのではなく、実際は追放された日である。シンガポール人にとっては屈辱の独立だったはずであり、その思いがバネとなって今日につながっている。今やマレーシアを遙かにしのぐ発展ぶりで、もしかしたらそうした「今」を祝賀している日だと理解した方が腑に落ちる。これもまた、リー・クアンユーのなしたことなのかもしれない。

541
      川沿いのこのエリアの店は京都の川床みたいなもの

 話をしているうちに、あっという間にリバーウォークに到着する。川沿いの賑やかな場所で、チャイナタウンの入口みたいなものか。すぐ裏にSONG FA(松發:ソン・ファ)もある。今から行くのは、Jumboという地元民が愛するシーフードのお店のようだ。観光ガイドを見ても大きく名前が載っている。週末は予約を入れないと席を確保できないほどの店らしい。チリクラブが有名だそうで、写真を見るからにちょっとだけ高級感もある。興味はとってもあるのだが、貧乏性の私達のこと、彼女が連れてきてくれなければまず選んでいなかっただろう。きっと、観光ガイドを片手に安くて美味しいホーカーズを求めて下町をウロウロするだけだったに違いない。

(つづく)

|

« シンガポール旅行記 その53 | トップページ | シンガポール旅行記 その55 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: シンガポール旅行記 その54:

« シンガポール旅行記 その53 | トップページ | シンガポール旅行記 その55 »