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2018.05.30

たった1試合とは言え

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交流戦のパ・リーグ優位のみごとなこと。

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2018.05.26

シンガポール旅行記 その58

 さらに河口の方に向かって進むと、おそらくはアジア文明博物館(Asian Civilisations Museum)の裏側と思われる場所にたどり着く。周囲をイルミネーションに囲まれているので一見賑やかな感じだが、決して人通りが多いわけではない。川の向こうにそびえ立つ金融会社のビルをバックに、そこで腕を組んでぽつんと立っていたのがラッフルズ氏の像である。チュアンがここで何枚かの記念写真を撮ってくれた。

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 金融街を背景に立つラッフルズ像...と私たち
 
トマス・スタンフォード・ラッフルズ
(Sir Thomas Stamford Raffles:1781-1826)

 イギリスの植民地建設者。1811年、ジャワ副知事に任命され、統治に当る。このとき、ジャワ島の密林に眠るボロブドゥール遺跡を発見する。1815年にジャワ島がオランダに返還され、イングランドに帰国。この間、1817年に『ジャワの歴史』を著し、同年ナイトの称号を授与された。1818年、スマトラにあったイギリス東インド会社の植民地ベンクレーンに副知事として赴任し、ジョホール王国の内紛に乗じてシンガポールを獲得した。ラッフルズは1822年から1823年までシンガポール東部に留まり、自由貿易港を宣して植民地の建設にたずさわった。また、鎖国中の日本と接触を図るが失敗に終わっている。1823年にはイギリスに帰国し、1826年ロンドンで死去した。ラッフルズは植物学・動物学・歴史学など、当時の諸科学に多大な興味を寄せており、ジャングルの調査をみずから組織している。世界最大級の花「ラフレシア」は、発見した調査隊の隊長であった彼の名にちなんでつけられたものである。(Wikipediaより)

 世界史は常にヨーロッパ人、侵略者の視点から描かれている。教科書をめくっても、先住民の心は簡単には読み取ることができない。ポルトガル、オランダ、イギリスが次々とこの地を占領してきた。ラッフルズもその中の一人のはずである。現代のシンガポールの人たちは彼をどのように見ているのだろうか。銅像にするくらいだから侵略者を見る目ではないはず。ここに住んでいたマレー人たちを搾取で苦しめた独裁者? それとも文明を与え拓いてくれた指導者? 日本も周辺の国々に進出し、植民地化した時代があるが、同様の2つの側面を同時に与えて来たのだろう。大戦から70年あまりが経ち、その間の経済援助、民間交流も含めた結果、今の日本に好意的な東南アジアの国と、敵対心むき出しの近くて遠い国がある。両者の反応を比較すると、歴史は常に分かれ道を繰りかえして進んでいくのだと実感する。今や、ラッフルズの時代から時間が経ち、多くの人種がここシンガポールに集まっている。そんな彼らの心に、この腕を組み遠くを見つめる銅像はどのように映っているのだろう。腕を組んで考えてみたが、勉強が足りない私は、考えたくらいで答えが出ようはずもない。

 「そろそろ帰りましょうか。Raffles Placeから地下鉄に乗るんですよね。私達も同じ方向なので、途中まで一緒に乗りましょう。」

 彼女たちの導くままに駅へと向かう。ぶらぶらと歩き回った上に、色々と感じ、考えながら歩いていたため、自分が今どのあたりにいるのかをほとんど見失っていた。しかしガイド付きの時間故、不安感は全くない。

 川を渡ろうとするとき、チュアンが立ち止まり、「私はシンガポールの橋の中で、これが一番好きなんです。」と話しかけてきた。カベナ橋(Cavenagh Bridge)と言う橋で、シンガポールで一番古い橋であり、小さいけどとっても風格があるからだそうだ。この時の彼の説明の中に馬やら馬車やらが登場してきたことは覚えているのだが、ネイティブ・スピーカーである彼の英語を100%聞き取れたわけではなかったので、帰国後、この橋のことを調べてみた。

(つづく)

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2018.05.23

シンガポール旅行記 その57

 リード橋の上は多くの人々で一杯だ。ここは暑い夏...いや、一年中夏の夜を楽しむ若者達が集まってくる「夜の中心地」のように見える。

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  バーやレストラン、アトラクションなどが集まっている

 橋を渡りきると、リードストリート(Read Street)とクラークストリート(Clarke Street)が交差するアーケードが現れた。イルミネーションとライトアップで色とりどりに染められ、まるで日没と共に起き出した夜だけの街のよう。通りの両側にはレストランやおしゃれなカフェバーが並び、店の外側にはみ出たテーブルで人々がビールや夕食を楽しんでいる。ゆっくりと流れる人々の時間の流れを眺めながら、その中をすり抜けるように歩く。スーパーツリーのようなオブジェや緩やかに蛇行する通り、そして夜空からも切り離されたこの狭い空間のおかげで、まるでディズニー・シーかユニバーサル・スタジオを歩いている気分である。そう、まるで映画のセットのような、見事につくられた癒やしの空間だ。

 予習など全くしていなかった場所だったため詳しくはわからないが、おそらくはこの一帯が「クラーク・キー(Clarke Quay)」という施設に隣接した付随の街なのだろう。ショッピング街や飲食店だけでなく、川沿いの風景も楽しめるように仕組まれている。シンガポールに来て感じていること。それは、「ずーっとテーマパークにいる気分」だということである。この国はそういう国なのだ。実際のユニバーサル・スタジオ・シンガポールという施設もあるが、もしかしたら街全体がそれと融合しているんじゃないかと思うほど。なんて壮大なテーマパークなのだろう。

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      日本でもどこかにある?

 川沿いには、ここに来る前に偶然、日本の芸能人がシンガポールを訪れる旅行番組でも見た「G-MAX リバースバンジー」が、まさにそびえ立っている。横を通りかかった時には、逆バンジーを楽しんだ人たちがちょうど降りてきているところだった。乗り込むところだったら、飛び出すところを見るべく、しばらく立ち止まったことだろう。高所恐怖症の私は、乗ろうという気持ちは持ち合わせていない。こんなアトラクションが、街の中にいきなり現れる。日本ではせいぜい観覧車くらいだと思うが。文化と歴史と、そしてアミューズメントの国である。

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    ボート・キー(Boat Quay)の屋台群 なんて魅力的な眺めだ

 気がつけばJumboの正面も通り過ぎていたようだ。対岸には屋台の群れが見える。川面に映る灯がどうしようもなく心を惹きよせる。この国に長く滞在して、あの屋台を端から順に楽しんでみたい。地元の人たちの声が聞こえる場所で異国の時間を味わいたい。「違う」ということは、かくも魅力であることを改めて思う。肌の色が異なり、気候が、食が、住居が、言葉が異なり、そしてそれにより作られてきた歴史と文化が異なるということ。それこそが、私達の好奇心を刺激し、知る喜びそのものでもある。この世界に標準など存在しない。自分の定規で世界を測ってはいけない。そしてよーく見てみると、みんな同じ。同じように生きてきたのだ。同じように生きていれば、自ずと今は違ってくる。「同じ」と「違う」は同じなのだ。

(つづく)

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2018.05.21

こうしてみると

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現状の原因が楽天であることは言うまでもないが、楽天からの貯金を除くと、

 西武     +4
 日本ハム   +3
 ソフトバンク -1
 オリックス  -1
 ロッテ    -5


で、上位3チーム内で見ると、

 西武      +1
 日本ハム    ±0
 ソフトバンク  -1 

ここのところの連敗が響いている。

千賀やサファテの離脱。内川、デスパイネ、バンデンハーグの不調と、いいところがないなぁ。(;_;)

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2018.05.20

市民展初デビュー

 昨年は赴任して1ヶ月ほどだったのでとても出品させることはできませんでしたが、今年は高校生16名を参加させることができました。3年生の生徒が奨励賞をいただきました。1年目としては上出来です。来年は複数名の入賞目指してがんばります。

 私の方はと言うと、市民展に出そうと思っていた作品に欲が出て、それを保留して、県展に出すことにしました。おかげで市民展の作品はお恥ずかしいものになってしまいました。(2年前と一緒だ。)

 今年の1年生は明るくていい感じ。とりあえず高総体を乗り切って、一気に秋の県大会に向けて作品作りをがんばらせます。

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 楽しくて明るい部活動を目指して (左後ろに前任校の生徒が...。)

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2018.05.17

何で今日は

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デーゲームなんだ? (゜Д゜)

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2018.05.13

シンガポール旅行記 その56

 店を出て、川沿いに散歩しながら会話を楽しむ。このあたりはボート・キー(Boat Quay)と呼ばれている。歴史そのままに船着き場、埠頭ということか。ニューブリッジロード(New Bridge Rd)をくぐり、リード橋(Read Bridge)方向にのんびり歩く。

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    地下通路は明るくてとてもきれいだった

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  きれいにライトアップされたリード橋(Read Bridge)

 橋のたもとのあたりに来たとき、ジェンが、「アイスクリーム食べませんか?」という。目の前には屋台のアイスクリーム屋さんがある。オーチャード通りでも見かけたやつだ。長崎県で言うところの「ちりんちりんアイス」的なイメージ。これこそがローカルフードである。食べずにはいられない。あとでネットで調べたら、「パンアイス」、「食パンアイス」、「アイスサンドイッチ」、「アイスクリームサンド」などと、日本語の名前はかなり適当に呼ばれている。現地での名前は何というのだろう。

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  Wall'sというアイスの屋台が有名のようだ       種類も豊富

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     パンに挟むスタイルが主だが、ウエハースサンドもある

 その名の通り、アイスクリームの種類を言うと、おじさんが保冷庫の中からアイスクリームの塊をまな板の上に取り出し、包丁で切って食パンやウエハースに挟んでくれる。食事直後だったのでパンは胃に重かろうと思い、ウエハースサンドにしたが、本来ならパンサンドの方を食べるべきだった。今となっては何味のアイスを注文したか忘れてしまったが、注文は全部、ジェンがしてくれた。夕食のお返しをさせてもらおうと思い、私のおごりにしてもらったのだが、値段は1つ1S$(80円くらい)。4人で320円か。なんか申し訳なさは残ったまま。実はこの時、財布の中に小銭がなく、帰りの地下鉄の切符を買うために20S$を崩したかったので、ちょうどよかった。味は....、普通のアイスである。暑いシンガポールには欠かせない名物スイーツ。やっぱりパンサンドという異色な方を試すべきだった。おそらくジェンたちがいなかったら初物に弱い妻は屋台のアイスなんぞ食べるとは言わなかっただろう。アジアの旅はこうしたジャンクフードを楽しむことだと思うと、これから先、夫婦でアジアを楽しめる機会はやって来るのだろうか。(韓国の街も同じだと思うのだが...。)

(つづく)

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2018.05.09

シンガポール旅行記 その55

 Jumbo - THE RIVERWALK店に到着。エアコンが効いている店だと聞いていたので屋内だと思っていたら、川沿いのオープンスペースだった。いや、奥の方には室内っぽい席もある。予約は入れてあったようだが、ちょっとだけ待たされた。(ここは日本ではない。)結局、入口付近の屋外テラス席に案内される。ジェンは中の方のエアコンが効いた席をイメージしていたようで、なんとなく我々に対して申し訳なさそうな表情をしていたが、そんなに暑くてたまらないわけではない。これはこれでいい雰囲気だ。旅の醍醐味をも味わえるというものだ。

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       こういうテラス席の方が雰囲気がある

 思い起こせばオタワの街を歩いたとき、オープンテラスの店の多かったことを思い出す。心地よい日差しの中、昼下がりの通りに並べられたテーブルにつき、時間を忘れてのんびりとワインでも飲んでおしゃべりをするのが、今もなお私の夢である。そんな人生を送りたい。日本にいる間は無理だな。今度カナダに行った時こそは...。とりあえず、これからのひととき、素敵な時間になりそうだ。

 料理の注文はすべてジェンにお任せ。飲み物はもちろんタイガービールをお願いした。メジャーなビールなので、缶なら佐世保のイオンでも買えるが、生ビールを飲める機会はさすがにない。彼女はメニューを開き、店員に話しかける。聞いていると会話は英語ではなく、おそらくは中国語。彼女はシンガポールで一番多い中国系なのだ。英語も中国語も日本語もできるなんて、言葉に堪能な人はやっぱりうらやましい。彼女に「このお店では中国語しか通用しないの?」と聞いたところ、「そんなことはないですよ。英語も通用するんだけど、彼女は中国系っぽかったので、中国語で話しかけたんです。」だそうだ。この国の共通語は英語だが、それぞれの民族内では自分たちの言葉で会話しているようだ。

 注文された料理は、

カイランの炒め物
ホタルイカの唐揚げ
チリクラブ
揚げパン
ブラックペッパークラブ
ミーゴレン(マレー風焼きそば)  ......と、タイガービール!

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 まもなく、料理が運ばれてきた。ここでもカイランの炒め物が出てきた。これは地元の定番なのだろう。やや油っぽいがしつこいほどではない。味付けは控えめであっさりしており、ほどよい加減である。ホタルイカの唐揚げは日本でも食べられそうな、日本人好みの味。さくさくしておりビールに合う。そしてなんと言っても主役のチリクラブ。殻ごとチリソースで炒められているため、手で持って食べるとべたべたになる。殻も固いので殻割り器でバキバキわりながら食べるのだが、これがとてつもなく旨い。レモンのかけらが入ったフィンガーボールがテーブルに置かれているが、とりあえず食べている間は指もなめながらソースの味を堪能する。きっとそういう食べ物なのだ。チリソースの味はとってもマイルドでクセはない。辛いのが苦手な人でも全く問題なく食べられると思う。揚げパンはソースにつけて食べる。そう言えばSONG FAでも出たなぁ。もしかして揚げパンがシンガポール人の主食なのかもしれないと思うほど。

 我々が美味しいおいしいと言って食べるもんだから、ここで追加するように注文されたのがブラックペッパークラブ。チリクラブとの見た目の違いは黒い胡椒の粒が加わった程度なのだが、食べてびっくり。断然こっち! いや、チリクラブは100点なんだけど、こっちが120点ってところか。黒胡椒が味を思いっきり引き立て、ぴりっとした辛さがアクセントをつけている。旨い、うまい。ビールおかわり! カニがこんなに旨いと感じたのも久しぶりかもしれない。いや、日本人のカニの食べ方とはかなり違うので、初めての味に感激したのだろう。初物に弱い妻が珍しく笑顔で食べている。ミーゴレンもお気に入りだったようで、帰国後も「旅の間の食事は、JUMBOが一番美味しかった。」と言っている。ここに連れてきてもらって本当に良かった。

 会話は弾む。日本で過ごしたALT時代の出来事、シンガポールの歴史、シングリッシュがいかになまっているかということ、佐世保西高での出来事、この旅の出来事、明日のオススメの場所、そしてポケモンにスターウォーズ。そうそう、私達から彼らへのお土産は、ジェンの好きなポケモングッズに、チュアンの好きなスターウォーズのTシャツ。何にしようか悩みに悩んだ末の品なので、大したものではないけど、セレクトに心だけは込めておきました。気に入ってくれてればいいんだけど。

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リバーサイドの建物はライトアップされていてとてもきれい

 気がつけば辺りはすっかり暗くなり、周囲にに見える建物はどれもライトアップされている。こうした部分にも観光国家シンガポールが現れている。ほんとに美味しい、楽しいディナーだった。「このあと、少しこの周辺を散歩しましょうか。」とのお誘いに、心が躍る。この場は私が持つと言うと、軽く笑いながら「とんでもない。」と言われる。ここは彼女のホームグラウンド。散財をかけたが、素直にごちそうになった。

(つづく)

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2018.05.06

シンガポール旅行記 その54

 夕方になり、ほんのちょっと日差しが柔らかくなってきた。それでも赤道直下の国のこと。さすがに建物の外でじっと待つのはつらいので、中に入り、一面ガラス張りの扉の外をきょろきょろと眺めながら彼女らの到着を待つ。

 あっ、ジェンだ。手を振りながら近づいてくる。向こうが先に気づいてくれたようだ。久しぶりの再会になんだかとってもうれしくなった。夫のチュアンともあいさつを交わす。笑顔に優しそうな人柄があふれているナイスガイだ。彼とは初対面なのだが、フェイスブック上で何度も見かけているため、まるで初めてな気がしない。

 「さぁ、食事に行きましょう。タクシーに乗りますよ。」

 そう言って、彼らの導くままに建物の東側の外に出る。なんだ、こんな所にタクシー乗り場があったのか。ちょうど混み合う時間帯なのだろう。タクシー乗り場には結構な人の列。並んで待ちながら、お互いの自己紹介やここに来るまでのこと、昔の思い出話に花を咲かせる。日本にいた頃の彼女は、周囲の人とはがんばって日本語で話していた。私は積極的に英語で会話するようにしていたので、彼女の中では「英語が通じる人」と思われているのだろう。ここは彼女の母国。当時以上に遠慮がないスピードの英語で話しかけてくる。しばらくは彼女のマシンガン・イングリッシュに耳を慣らすのに必死だった。しかし、会話とは不思議なもので、気がつかないうちに少しずつ慣れていくものだ。もしかしたら彼女の方が自然とリズムを変えていってたのかもしれない。

 順番が回ってきた。あのカラフルなタクシーのうちの一台に乗り込む。そうか、また例の大回りコースなのね。この道を通るのは今日何回目だ? この時ばかりは風景はどうでもいいので、タクシーの中でもジェンの英語に集中する。街のあちこちに残る祝賀ムードの余韻...と言うか掲示物から、話題がナショナルデー(National Day)についてになった。そう言えば、オーチャード通りにもたくさんの掲示物があった。

 ここに来るちょうど一週間前、8月9日はシンガポールの52回目の建国記念日だった。式典はシンガポール国籍を持つものしか参加できないらしいが、町中がお祭り騒ぎとなるようだ。その人々のお祝いの仕方があまりにまちまちで、独立記念日とはかけ離れた、わけのわからないお祭りと化しており、パレードを見るとそれがよくわかるのだと彼女は言う。勝手に「博多どんたく」を想像してしまった。合ってるのかどうかはわからないが。(昔の「佐世保くんち」もそうだった。)

 1965年8月9日、シンガポールはマレーシアから独立した。独立と言うと響きが良いが、マレーシアから独立を勝ち取ったのではなく、実際は追放された日である。シンガポール人にとっては屈辱の独立だったはずであり、その思いがバネとなって今日につながっている。今やマレーシアを遙かにしのぐ発展ぶりで、もしかしたらそうした「今」を祝賀している日だと理解した方が腑に落ちる。これもまた、リー・クアンユーのなしたことなのかもしれない。

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      川沿いのこのエリアの店は京都の川床みたいなもの

 話をしているうちに、あっという間にリバーウォークに到着する。川沿いの賑やかな場所で、チャイナタウンの入口みたいなものか。すぐ裏にSONG FA(松發:ソン・ファ)もある。今から行くのは、Jumboという地元民が愛するシーフードのお店のようだ。観光ガイドを見ても大きく名前が載っている。週末は予約を入れないと席を確保できないほどの店らしい。チリクラブが有名だそうで、写真を見るからにちょっとだけ高級感もある。興味はとってもあるのだが、貧乏性の私達のこと、彼女が連れてきてくれなければまず選んでいなかっただろう。きっと、観光ガイドを片手に安くて美味しいホーカーズを求めて下町をウロウロするだけだったに違いない。

(つづく)

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