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2018.06.01

シンガポール旅行記 その59

カベナ橋(Cavenagh Bridge)
 1869年、シンガポール川の河口部に架けられた歴史的建築橋で、19世紀の大英帝国インド総督の名前に由来するシンガポール最古の橋。橋を保護するために、およそ150kgを超える車や牛馬の通行が制限されたが、それを通告する標識が現在も橋の両側に立っている。

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     イギリス式の古い小さな橋である

 看板に書かれている文章は、

POLICE NOTICE
CAVENAGH BRIDGE
THE USE OF THIS BRIDGE IS PROHIBITED TO ANY VEHICLE OF WHICH THE LADEN WEIGHT EXCEEDS 3CWT. AND TO ALL CATTLE AND HORSES.
BY ORDER CHIEF POLICE OFFICER

 「CWT」は、イギリスらしくヤード・ポンド法のハンドレッドウェイト(hundredweight)、すなわち100ポンド(約50kg)だそうで、(って初めて知った。)「150kgを超える荷物を積んだ輸送車両と牛と馬は通行禁止」ということである。なんだか、いい感じだなぁ。(´д`) そうか、チュアンも同じ所に癒やしを感じているわけか。納得。

 橋を渡ると、夜の金融街の足下に忍び込んだ感じ。地下鉄の入口に導かれるように、ジェンらについて歩く。「ここはどこら辺なんだろう。」 そう、もらしたとき、

 妻「昼間歩いたでしょ。」
 私「えっ? (@_@)」

 衝撃的な事実であった。方向感覚があると思っていた私は自分の位置がわかっていなかったが、妻は自分がどこを歩いているかを理解していたのだ。

 妻「だってここ、マーライオンの所に行くときに降りた駅のところでしょ。この橋だって、その時に向こう側から見たの覚えてないの? 私達って案外、一日中、おんなじ所をぐるぐる回ってるだけじゃん。」
 私「ええっ? (@_@;;)」

 頭の中をフル回転し、今日一日の風景を必死で思い出そうとしたが、この時は妻の言うことがまるで理解できなかった。風景が有機的につながらない。なんてこったい...。

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    こうして経路を地図に落として初めて理解できる自分に気づく

 数年前に見た、「男と女が地図を見るときの違い」について検証するテレビ番組を思い出した。その番組の結論は、「初めて行く目的地にたどり着かせたかったら、男にはGoogleマップのような正確な地図を、女性にはポイントだけを書き込んだデフォルメされた手書きの地図を渡せ。」というものだった。男は方位や距離で場所を理解しようとするのに対し、女性は周りの風景や建物で判断しようとするというのだ。だから男は正確な地図があれば初めての場所でも対応できるが、女性は事前に特徴的なランドマーク情報がないと初めてに対応できにくいということらしい。そういえば、「話を聞かない男、地図が読めない女」というタイトルの本があったなぁ。この時の私は、アンテナを張らぬままジェンについて街をぐるぐると歩き回るだけで、完全にコンパスが働かなくなっていた。しかも風景など位置情報源として見ていないわけだから、まさに方位的に路頭に迷っていた状態だった。しかし、妻は何度か見かけた建物や橋の様子から、自分が今どこにいるのかを立体的にわかっていたということである。

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 今でもこういうデフォルメ地図が苦手でしょうがない私

 改めて男と女の違いがよくわかった。日頃、何かあるたびに妻に「地図が読めない」とか、「方向音痴」などと言っていたが、私は橋の反対側から来たことにすらも気づかなかった。まさに私も「周りを見ていない男」でした。ごめんなさい。

 男と女には絶対に超えられない性の壁がある。性の違い故の得意不得意がある。権利主張は同じであるべきだが、何もかもを同じにしようとすると、おそらくは男女ともに生きにくい世の中になる。互いの違いを理解し、補完し合い、尊重し合う関係でなければならない。3Kな仕事は男がやればいい。女性に重たい荷物を持たせる必要はない。一方で男女同権と言いながら、例えば男を保育や看護の世界に押し込むと、母親から、「うちの娘のおむつは男の先生に換えさせるな。」などというクレームがでる。それがクレームなのか、それとも当然の反応なのかは難しい問題だが、女性がすれば問題が生じないのなら、きっと女性の仕事ということなのだと私は思う。間違いなく女性の方が得意なことがある。一方で女性には不向きなこともある。尊敬し、助け合う気持ちさえあれば、差別ではない区別によって世の中はうまく動いていく。この旅で、妻の私よりすごいところをまた発見できた。本当に参りました。(私のダメなところを発見したとも言えるか...。)

 地下鉄駅の入口に到着した。階段を降りようとしたその時、ジェンが知人とばったり出会う。彼女から紹介されたのは、一般財団法人自治体国際化協会シンガポール事務所の所長さんで、JETプログラム関係で知り合ったらしい。日本人だ。突然、名刺が差し出される。初対面の人にはまず名刺。なんてみごとなまでの日本人なんだ。私もすかさず懐から名刺を出す。こんな旅先にまで名刺を持ってきている私も、また日本人である...。(^_^;)

 地下鉄の券売機の前には長蛇の列。ジェンらはez-linkカードなので、すでにある程度の金額がチャージ済みのようだ。私達は昼間使ったカードにチャージするのだが、私は操作を誤ってしまい、新しいカードが発行されてしまった。ありゃ。ま、いいか。

 南北線に乗り込み、私達はOhchardまで、ジェンらは二つ手前のDhoby Ghautで降りて北東線に乗り換えるらしい。お別れの時間が近づく。列車内の空気は博多の地下鉄と何ら変わりない。ただ、夜の列車特有の寂しさが漂っているだけ。そして列車は、あっという間にDhoby Ghautへ到着する。多くの人がここで降りてゆく。彼らもその流れに流されていく。駅のホームから笑顔で手を振ってくれる二人に、心からの御礼の気持ちを笑顔に込めて送った。本当に楽しいひとときでした。もっともっと話をしていたかったけど、いつかまた来るね。また会いましょう。ありがとう。ジェン、チュアン。お幸せに。

(つづく)

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