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2018.09.05

シンガポール旅行記 その65

 食事も終わり、ゆっくりとエスカレーターを下りながら、「こっちにいらっしゃい!」と呼びかけてくるようなお店をチラチラと覗く。そんな中、ファンシーグッズ系のお店にびっくりするような看板を見つけた。

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      なに!? HAPPY TEACHER'S DAYだと?

 こんな祝日が存在するのか、シンガポールには?
 あとでネットで調べてみた。

第12回 ティーチャーズ・デイとは
 シンガポールには、9月最初の金曜日にティーチャーズ・デイという祝日があります。教師への感謝の気持ちを伝え、労うことを目的とする祝日です。日本には馴染みが薄いこの日ですが、調べてみると世界各国、欧米・アジア圏で文化を問わず、90ヵ国以上にあるようです。
 感謝の気持ちを伝える手段もさまざまです。生徒たちがパフォーマンスを披露したり、保護者がボランティアで食事会を設ける学校もあるようです。生徒たちが手作りで工作したり、お手紙を書いて渡したりという微笑ましい記念日と言いたいところですが、実際はマグカップやぬいぐるみがセットになった「ティーチャーズ・デイ用プレゼント」を購入して渡す生徒が多いのだそうです。この時期になると、ショッピングセンターや書店などで、かわいくラッピングされたプレゼントの数々が並んでいるのを、皆さんも目にされたことでしょう。
 合理的なシンガポールらしく、本当に重宝するのは赤ペンやマーカーだと明言している教師もいます。ちなみに1ヵ月後のチルドレンズ・デイには、今度は先生から子どもたちにプレゼントが贈られます。実用的な文房具が多いそうで、これもまた現実的なシンガポールらしいところです。
シンガポール発海外教育情報誌サイト「Spring」より
https://spring-js.com/singapore/6308/

 なんて夢のような話だ。ついでにWikipediaも覗いてみると、

 教師の日を祝う考え方は19世紀に多くの国で根付いた。ほとんどの場合、地元の教育者や教育における重要な日を記念日として定めている国が多い。 1994年にはユネスコが、10月5日を世界教師デーと定めている。

 教師の日を祝日と定めている国は、Wikipediaで見る限り、全部で61カ国ある。(もっと多いのかもしれないが。)

アフガニスタン、アルバニア、アルジェリア、アルゼンチン、オーストラリア、アゼルバイジャン、バーレーン、ブルネイ、ブータン、ボリビア、ブラジル、チリ、中国、台湾、チェコ、エクアドル、エジプト、エルサルバドル、ハンガリー、インド、インドネシア、イラン、イラク、ジャマイカ、ヨルダン、リトアニア、レバノン、リビア、マレーシア、メキシコ、モルドバ、モンゴル、モロッコ、オマーン、パキスタン、パナマ、パラグアイ、ペルー、フィリピン、ポーランド、カタール、コスタリカ、ルーマニア、ロシア、サウジアラビア、シンガポール、スロバキア、韓国、スリランカ、スペイン、シリア、タイ、チュニジア、トルコ、アラブ首長国連邦、アメリカ、ウズベキスタン、ベトナム、イエメン、ニカラグア、ドミニカ

 ベトナムの欄には、「学校では感謝パーティーが催され、生徒等から先生に贈り物が渡される。ベトナムでは、教師の給与は極めて低く、教職は貧しいが人々から尊敬される職業の代表である。」と書いてある。

 シンガポールではこの日、学校は休日になり、教師の日のイベントは前日に行われ、授業は午前中のみとなるそうだ。

 アメリカでも中国でも韓国でもおこなわれているが、日本ではないなんて衝撃の事実であった。尊敬しろとは当の本人が言うことではないが、尊敬されるような人でいなければならないという自覚は常にある。昔は確かに日本でも教師は尊敬される存在であった(らしい)。いつからだろう、こんなに身分の低い存在になってしまったのは。

 この仕事をしていると、自分たちが芸能人並みに「街の有名人」であることを感じる。常に人々に見張られているのである。何も悪いことはしていないが、保護者からは、「先生、よくスーパー○○で買い物してるでしょ?」と言われ、アーケードですれ違った生徒からは「あっ、先生だ。」と、軽く聞こえるような声で、くすくすと笑いながら噂される。悪口を言われているのではないということはわかっている。ただ、私服でプライベートタイムを過ごしている教師の姿を意外に感じているのだろう。私はただ、本屋に本を買いに行っただけである。

 一方で、勤務時間外であっても軽く羽目を外そうものなら、「教師のくせに」という言葉を容赦なく浴びせられる。公務員は安定職だと言われるが、それはまったくの幻想である。普通のサラリーマンがコンビニでガムを万引きしてもニュースにもならないが、それが教師なら新聞やテレビニュースでさらし者にされ、学校を巻き込んで非難中傷の電話のベルを終日聞かされた後、懲戒免職である。まさに「市中引回しの上打首獄門」だ。一般企業に比べると厳しさが、まさにハンパない。日本の人々は教師に対し、「尊敬はしない。24時間奉仕しろ。なんかあったら教師失格のレッテルを貼ってクビ。」という扱いをしている。それなのに、私の給料はもう何年も据え置きのままである。どうやら定年まで上がらないことが決まっているらしい。こんなに不安定で儲からない仕事だなんて、きっとみんな知らないんだろう。なにせ教育委員会からも「24時間、教師たれ。」と言われるくらいのびっくりするようなブラックな有様である。言わんとすることはわかるし、半ば実践しているつもりだが、海外の教師は勤務時間が修了したらさっさと帰宅できるけど尊敬される。日本の教師は土日祝日、盆正月をなげうってがんばっても、保護者からクレームを浴びせられる存在に過ぎないのであれば、人にお勧めできる仕事とは言えない。現に、私は我が子が教師になることを望んでいない。仕事なんて星の数ほどある。好きなことをやれば良い。世の中を見渡しても、あれほど難関だった教員採用試験が、今やなり手がおらず、閑古鳥が鳴いている。今の教師の置かれている実態に、若者が気づき始めたのだろう。これから教育の質が下がりまくる時代がやってくる予兆である。日本人は教育の質の低下という未来を覚悟しなければならない。

 と愚痴をこぼして、日本の未来を放棄するわけにも行かない。個人レベルでは、自分ががんばりさえすれば尊敬も得られるだろうが、「日本の教師」というくくりで考えると、個人の努力ではどうしようもない気がする。昔見たアメリカ映画に小さなヒントがあった。成績の悪い生徒の担任が家庭訪問し、なぜか、「すばらしいお子さんです。」と、生徒の良いところばかりを誉め、母親も「自慢の息子です。」と泣きながら話すシーンだ。なぜか、それが頭から離れない。子どもを上手に育てたいのであれば、学校と家庭がスクラムを組まなければならない。親と教師が悪口を言い合う狭間で、こどもが真っ直ぐ成長するはずがない。保護者が「あの先生はすばらしい。ちゃんと話を聞いて素直に指導に従いなさい。」と、教師が「ご両親はこんな風にあなたのことを思って下さってるんだ。すばらしいご両親だ。その思いに答えなくちゃね。」と伝え続ければ、それを聞き続ける子どもは、学校や家庭でおこなわれる教育に意義を感じ、受け入れられるようになるかもしれないが、「あの先生はダメ。学校の言うことは聞かなくてもいい。」とか、「お前の親はどうなってるんだ!」なんてもってのほかである。「そういう意味」で、教師を尊敬しない国はきっと衰退していく。

 「教師を誉めよ。子どもたちのために。」
 それが、「HAPPY TEACHER'S DAY」の意味ではないのだろうか。
 日本にも「教師の日」が必要である。

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    オーチャード通りにずいぶん馴染んできた

 ホテルに戻って、マンダリン内の「333」でアイスコーヒーを飲んだ(妻はゆずチーズケーキもご注文)後、荷造りをしてチェックアウトすることにした。荷物は、空港行きのバスがこのホテルの玄関前から出発することもあり、集合時刻である夜10時まで預かってもらえることになっている。手回り品だけを持って出かけよう。ここから夜までの時間を楽しもう。シンガポール旅行も終盤である。

(つづく)

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