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2018.09.29

シンガポール旅行記 その67

 雨がやまない。やむ気配がない。このまま夜まで降られたらこれからの計画が全て消えるだけでなく、こんなところにずっと足止めされたままになるのか。それはかなり嫌だ。とりあえずマリーナベイ・サンズに行って、リバークルーズが出来そうか確かめよう。博物館を飛び出す。スコールの国と聞いていたので、二人とも携帯傘は持ち歩いている。地下鉄の駅まで移動するには問題はない。

 ドービー・ゴート駅に戻り、地下鉄でベイフロント駅まで移動。ザ・ショップス・アット・マリーナベイ・サンズは何度も来ている気がする。あの広大な施設の中をとぼとぼと歩く。建物は総ガラス張りなので、中にいても外の様子はわかる。今もなお、スコールがこれでもかというほど降っている。リバークルーズ乗り場が見えるあたりまで行くも、やはり雨やまず。誰かに聞かなくてもわかる。これでは船は出ていないだろう。仮に雨が上がったところで船はびしょ濡れだし、今日は中止に決まっている。何となく手詰まり感が漂う。リバークルーズはあきらめた。

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    幻のリバークルーズのパンフ ここでも日本語の解説が怪しい
    変なフォントは入っているし、この部分だけ印刷が傾いているし 


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     ぐるっと一周して、ちょうどいい時間だったんだけどなぁ

 そうなると、なんとしてもガーデンズ・バイ・ザ・ベイのライトアップショー「ガーデン・ラプソディー」だけは見て帰りたいが、まだ5時過ぎ。一つの予定がすっぽりなくなったおかげで、まだ2時間半もの空白時間がある。でも代案は浮かばなかった。このあたりで頭が回らなくなっていたのは、きっと一日中歩き回ったせいだったのだろうと、あとで思い返して思う。

 「とにかく、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイに行ってみようよ。」

 クルーズが出来ず意気消沈している妻の頭の中は、すでにみどりと星空を割り込むようにそびえるスーパーツリーの輝きで満たされている。それだけは見たいという思いが表情にあふれている。近くのインフォメーションでガーデンズ・バイ・ザ・ベイへの順路を聞く。またシングリッシュが理解できなかったらどうしようという思いで軽く緊張した。話しかけてみると、割ときれいな英語が返ってきた。まずは傘を持っているかと聞かれた。近道は屋外にあるようだ。施設の中央部の吹き抜けにあるエスカレーターを最上階まで上がり、外に出て、向かいのマリーナベイ・サンズをくぐり抜け、再び外に出てドラゴンフライ・ブリッジへ向かう。後は真っ直ぐその橋を渡るだけだ。

 ルートとなる施設地図をもらい、御礼を言ってまた歩き出す。途中、コンビニを発見。ついのぞき込む。なにせ、このザ・ショップス・アット・マリーナベイ・サンズはあまりに高級すぎて、我々が立ち寄る気になる店は他にはまったくないのだ。コンビニというかお土産屋さんのような店内を見て回ったが、もはや驚きや感動はない。もしマリーナベイ・サンズに宿泊していたら、ここまで飲み物や食べ物を買いに来たんだろうなぁ。貧乏人の我々は。

 突然、日本語で声をかけられる。化粧品の店の客引きだ。日本人の観光客も結構多いんだろうな。でも、高級ブティックだらけの場所だから、客引きは似合わない気もするんだけど。とりあえずつかまったら何を買わされるかわからないので、軽く振り切るように先を急ぐ。

 角を曲がったところに、教えてもらったエスカレーターを発見
 ...したのだが、なんと、止まっている。(゜Д゜)

 人が来たら動き出すセンサー付きかと思ったら、一段目に足を乗せても全く動かない。ちょっと待て。このエスカレーターは日本では見たことないくらい長いし、めっちゃ急勾配だぞ。動かなかった理由はわからないが、これを歩いて上るほかに我々に選択肢はない。階段と思えばそれまでだが、途中で気づいたことがある。それは、エスカレーターは動かない方が「こわい」ということだ。この両側が透明なエレベーターは、巨大な吹き抜け空間に沿うように建物の1階から4階までを一気につなぐように設置されており、途中振り返るように下を見ると、我々の足下に広がる視界は一気に地下2階まで見渡せる。すなわち、まるで5~6階付近の空に浮かんでいる気分になるのだ。しかも、なかなか上に上がっていかない。(歩かないことには。)高所恐怖症の私はその恐怖心からカメラのシャッターを切る余裕が持てなかった。おかげで言葉しかこの時の気分を表現するすでがない。おそらく私の文章力ではうまく伝えられないだろうが、とにかく下を見られないほどの怖さだった。

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    平面だと、こう移動しただけなのだが...。

 屋上のようなところに到着した。外は雨。晴れていたらマリーナベイ・サンズの建物を見上げる良い休憩スペースになるのだろう。でも今は雨。どこもかしこもびちゃびちゃで、そこに留まることもためらわれる。きれいな花に囲まれたブリッジをマリーナベイ・サンズに向かって足早に渡った。

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    雨の中のマリーナベイ・サンズ

 マリーナベイ・サンズに入っても外の雨は弱まる気配なし。まだ6時かぁ。ドラゴンフライ・ブリッジに向かうこともためらわれる。かと言って、あの急な階段を歩いて降りるなんてとんでもない。サンズの中の連絡橋という狭い空間に閉じ込められた気分。いや、文字通りほんとに動けなくなった。両側にはホテルの中の通りが広がっているが、そこには降りられない。座って休める場所もない。万事休す。せめて下のフロアに降りられれば買い物も出来るのに。

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    そこはそれ、記念に写真を撮る

 しかたがない。思い切ってガーデンズ・バイ・ザ・ベイへ行くとするか。前にすすめだ。

(つづく)

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2018.09.27

シンガポール旅行記 その66

 この後決めていたことは、マリーナエリアのリバー・クルーズを楽しむことと、昨日行ったガーデンズ・バイ・ザ・ベイを再び訪れ、19:45から始まるライトアップショー「ガーデン・ラプソディー」を見ることだけだった。ガーデンズ・バイ・ザ・ベイのスーパー・ツリーは夜の姿こそが見物であるという。この二つは妻が楽しみにしている。時刻はまだ午後2時。リバー・クルーズの前にどこか一つ入れようと思い、選んだのはシンガポール国立博物館だった。その国を理解したかったら、やっぱり博物館は外せない。しかし、この国にもいろんな博物館があるため選択に悩んだが、今いる場所に比較的近いという理由でここを選んだ。

 地下鉄でサマーセット駅からドービー・ゴート駅まで移動する。ドービー・ゴート駅のフードコート街はとても魅力的だった。長期滞在するのなら、休日はきっとこうした地下街の店を回って制覇しようと考えるだろう。

 ドービー・ゴート駅に到着し、シンガポール国立博物館に向かう。この頃から、ぱらぱらと雨が降り出す。大した雨ではないが、途中、所々で雨宿りをする。まもなくシンガポール国立博物館に到着。ここでは、シンガポール航空からもらった割引券が使えた。

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 さて、この感じだと展示場所は2階かな。常設展はと...。ん? 順路がわからないぞ。どこに行ったらいいの? その辺の展示されている部屋に適当に入るも、またまた次にどっちに行くべきかがよくわからない。カナダの博物館もそうだった。おそらくは海外の博物館は「お気に召すままにどうぞ」方式なのか。日本だったら見事な誘導案内の掲示がありそうなもの。元々、見たくてしょうがなかった場所というわけでもないので、あきらめて順路など気にせず、なんとなくぶらぶらと展示物を見て回ることにした。展示物はシンガポールの生活様式の変化と歴史に関するもので、なぜだかビックリするほど日本の昭和初期の匂いがプンプンしてきた。よく見れば確かにシンガポールっぽいのだが、同じアジアだとこの時代のそれはやっぱり同じになるのか。日本のテレビで見てきた日本の戦後復興に何となく似た歴史を追ってきたのではないかということを知り得た機会にはなった。

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    イラストが日本のマンガっぽいせい?

 展示内容で驚いたのは、太平洋戦争で日本軍に占領されていた時代はもちろん描かれてはいるのだが、日本軍についての表現が予想していたものに比べるとあまりにマイルドで、感想は「これだけ?」だった。行ったことはないが、おそらくは中国や韓国のそれではまさに鬼畜のように描かれているに違いない。比較的新しい施設でもあるので、少し和らげた表現のものに改められたのか、はたまた日本人に対してはさほど悪意を持っていないのか。元々イギリスの植民地時代を経験済みだし、その当時ですらイギリス人を憎まず受け入たお国柄がある。戦後の東南アジアの各国がかの戦争をどのように理解し、総括したか。その後の国づくりや国家間の関係づくりにどのように利用しているか。国によってこうも違うのか。

 展示物を一通り見終わった後、お土産品のコーナーを眺めていたら、ザーザーという音を立てて、びっくりするほどの大雨が降ってきた。雷も鳴っている。これほどの規模の雨ともなるとうかつに動けないし、何よりこの後の計画が予定通りにいくのかどうかが心配だ。ジェンが言うには「シンガポールの天気予報は毎日『晴れ時々曇り、所によりにわか雨』だから見てもしょうがない。」のだそうだ。雨はいつ来るかわからない。熱帯のスコールは予想ができないらしい。とりあえず少し小降りになるまで待つことにした。

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   雨の強さが伝わらないなぁ

(つづく)

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2018.09.18

写真部撮影キャンプに行ってきました

 9月15日(土)、16日(日)の二日間、「長崎県民の森」で合同撮影キャンプをおこないました。参加者は佐世保市内の3つの高校の写真部の18名。うちの学校からは、1、2年生の女子6名が参加しました。

 現地ではまず夕方の日没の時間を狙い、外海町へ移動して夕日を撮影。ただ沈む夕日を撮影するのではなく、ひと工夫することを事前に命じていたところ、1年生がシャボン玉を持ってきており、こんな写真を取り始めました。私も乗っかって数枚。いいね! この時の彼らの動きのいいこと。こんなに撮ることに夢中になっている彼らを初めて見たような気がします。確かにきれいな夕日だったもんね。

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 外海の夕日は本当にきれいです

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 シルエットとシャボン玉もいい感じ

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 夕日をシャボン玉に閉じ込めてみました

 日が沈んだら大急ぎでキャンプ場に戻り、食事の準備。材料は事前に下ごしらえを終わらせていたので、火起しをしたらすぐにバーベキュー開始。暗い森の中でランタンと炭火の温かな光だけで食事し、会話を楽しむ。これがキャンプの醍醐味。幸い、蚊も大して多くなかったので、のんびりとした時間を過ごすことができました。他の学校の生徒達とも仲良くできたかな?(ビール飲みたかったぁ。)

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 この暗さが、話が弾んでいいのです

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 メニューは焼肉と焼きそばとおにぎりとじゃがバターとコーン

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 ポップコーンを作り出すと興味津々

 昨日まではこの二日間の天気予報は曇りのち雨だったのですが、夕方の西の空は運良く晴れたものの、山の空は曇りでした。さらには、バーベキュー会場は杉林の中なので空がほとんど見えず、星はあきらめかけていたところ、見上げた狭い空の中に星が。キターッ! 1人バーベキューを抜け出し、GRと三脚を持ってほんの少し視野が開けている場所を探し、その方角にGRを向け、インターバル撮影にしてしばらく放置した後、映像を確認。行けそう。

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 カシオペア座付近の様子

 「星が見えてるけど、撮影にチャレンジしたい人!」と言ったら、日頃では考えられないほどの良い反応。みんな目が輝いている。ただ、レリーズは持っていないだろうから、どうしたものか。しばらくあれこれ考えていたら、彼らの持つ新しいEOS kissは、パネルのタッチ操作でレリーズロックできることがわかり、開けた駐車場まで行くことにしました。他の学校の生徒にも声をかけたら、結局全員が参加。久しぶりの集団での撮影に、私自身のワクワクが止まりませんでした。

 今回は星空教室ではなく星空撮影教室。撮り方の質問攻めにあったため、私自身はほとんど撮ることができませんでしたが、自分のカメラに星が写っていることに感動する声があちこちから聞こえてきて、「そう、この瞬間の感動が宝物なんだよなぁ。」って、忘れかけていたものを思い出させてもらえた気がしました。ところが空が急に曇りだし、撮影会は1時間半ほどで終了。「もっと星の写真撮りたーい!」って声を聞いて、「連れてきてよかった...。(T_T)」って、本当にうれしくなりました。忘れるなよ、今日の感動を。

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 雲が出てきて、オリオンもぶち切れてました

 「この調子だと明日は朝靄が出るかもしれないから、5時半起きで吊り橋の所に行くぞ!」と言うと「えーっ!?」の声を上げていた彼らが、一人も欠けることなくちゃんと時間に起きて集合するなんて。ちょっとビックリ。まだ暗い山道をランタンの明かりを頼りに沢まで下りました。先頭は私。ちょっと明るさが出てきた。残念ながら靄は見られなかったものの、彼らなりに被写体を探し、撮影していました。

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 高所恐怖症の私は足がすくみました

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 どうやって切り取ろうか思案中

 その後、キャンプ場をチェックアウトして、おしどり淵という小さな滝のある沢に行ったところ、なんと大型犬を泳がせている人がいたため、飼い主さんに許可を得て、大撮影会となりました。らっきー! 「ブルブルしてー!」と心に念じては、その瞬間を撮り逃すの繰り返し。「そろそろ帰るぞー。」の声が彼らの耳に届かなかったほど、撮影に夢中な生徒たち。お願いだからその撮りたいと思う気持ち、そのまま持って帰って、日頃からこのくらい撮って回ってね。

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 突然、十数名の高校生カメラマンが押し寄せてきて驚いたでしょうね

 こういう機会を与えてやりさえすれば、彼らはシャッターを切ることを楽しいと感じてくれるんだということがよくわかりました。本当は自分で企画して動いてくれるようになって欲しいんですけどね。来月も撮影会しますよ。楽しみにしててね。

 本当に楽しいキャンプでした。行って良かったー!\(^o^)/

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2018.09.05

シンガポール旅行記 その65

 食事も終わり、ゆっくりとエスカレーターを下りながら、「こっちにいらっしゃい!」と呼びかけてくるようなお店をチラチラと覗く。そんな中、ファンシーグッズ系のお店にびっくりするような看板を見つけた。

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      なに!? HAPPY TEACHER'S DAYだと?

 こんな祝日が存在するのか、シンガポールには?
 あとでネットで調べてみた。

第12回 ティーチャーズ・デイとは
 シンガポールには、9月最初の金曜日にティーチャーズ・デイという祝日があります。教師への感謝の気持ちを伝え、労うことを目的とする祝日です。日本には馴染みが薄いこの日ですが、調べてみると世界各国、欧米・アジア圏で文化を問わず、90ヵ国以上にあるようです。
 感謝の気持ちを伝える手段もさまざまです。生徒たちがパフォーマンスを披露したり、保護者がボランティアで食事会を設ける学校もあるようです。生徒たちが手作りで工作したり、お手紙を書いて渡したりという微笑ましい記念日と言いたいところですが、実際はマグカップやぬいぐるみがセットになった「ティーチャーズ・デイ用プレゼント」を購入して渡す生徒が多いのだそうです。この時期になると、ショッピングセンターや書店などで、かわいくラッピングされたプレゼントの数々が並んでいるのを、皆さんも目にされたことでしょう。
 合理的なシンガポールらしく、本当に重宝するのは赤ペンやマーカーだと明言している教師もいます。ちなみに1ヵ月後のチルドレンズ・デイには、今度は先生から子どもたちにプレゼントが贈られます。実用的な文房具が多いそうで、これもまた現実的なシンガポールらしいところです。
シンガポール発海外教育情報誌サイト「Spring」より
https://spring-js.com/singapore/6308/

 なんて夢のような話だ。ついでにWikipediaも覗いてみると、

 教師の日を祝う考え方は19世紀に多くの国で根付いた。ほとんどの場合、地元の教育者や教育における重要な日を記念日として定めている国が多い。 1994年にはユネスコが、10月5日を世界教師デーと定めている。

 教師の日を祝日と定めている国は、Wikipediaで見る限り、全部で61カ国ある。(もっと多いのかもしれないが。)

アフガニスタン、アルバニア、アルジェリア、アルゼンチン、オーストラリア、アゼルバイジャン、バーレーン、ブルネイ、ブータン、ボリビア、ブラジル、チリ、中国、台湾、チェコ、エクアドル、エジプト、エルサルバドル、ハンガリー、インド、インドネシア、イラン、イラク、ジャマイカ、ヨルダン、リトアニア、レバノン、リビア、マレーシア、メキシコ、モルドバ、モンゴル、モロッコ、オマーン、パキスタン、パナマ、パラグアイ、ペルー、フィリピン、ポーランド、カタール、コスタリカ、ルーマニア、ロシア、サウジアラビア、シンガポール、スロバキア、韓国、スリランカ、スペイン、シリア、タイ、チュニジア、トルコ、アラブ首長国連邦、アメリカ、ウズベキスタン、ベトナム、イエメン、ニカラグア、ドミニカ

 ベトナムの欄には、「学校では感謝パーティーが催され、生徒等から先生に贈り物が渡される。ベトナムでは、教師の給与は極めて低く、教職は貧しいが人々から尊敬される職業の代表である。」と書いてある。

 シンガポールではこの日、学校は休日になり、教師の日のイベントは前日に行われ、授業は午前中のみとなるそうだ。

 アメリカでも中国でも韓国でもおこなわれているが、日本ではないなんて衝撃の事実であった。尊敬しろとは当の本人が言うことではないが、尊敬されるような人でいなければならないという自覚は常にある。昔は確かに日本でも教師は尊敬される存在であった(らしい)。いつからだろう、こんなに身分の低い存在になってしまったのは。

 この仕事をしていると、自分たちが芸能人並みに「街の有名人」であることを感じる。常に人々に見張られているのである。何も悪いことはしていないが、保護者からは、「先生、よくスーパー○○で買い物してるでしょ?」と言われ、アーケードですれ違った生徒からは「あっ、先生だ。」と、軽く聞こえるような声で、くすくすと笑いながら噂される。悪口を言われているのではないということはわかっている。ただ、私服でプライベートタイムを過ごしている教師の姿を意外に感じているのだろう。私はただ、本屋に本を買いに行っただけである。

 一方で、勤務時間外であっても軽く羽目を外そうものなら、「教師のくせに」という言葉を容赦なく浴びせられる。公務員は安定職だと言われるが、それはまったくの幻想である。普通のサラリーマンがコンビニでガムを万引きしてもニュースにもならないが、それが教師なら新聞やテレビニュースでさらし者にされ、学校を巻き込んで非難中傷の電話のベルを終日聞かされた後、懲戒免職である。まさに「市中引回しの上打首獄門」だ。一般企業に比べると厳しさが、まさにハンパない。日本の人々は教師に対し、「尊敬はしない。24時間奉仕しろ。なんかあったら教師失格のレッテルを貼ってクビ。」という扱いをしている。それなのに、私の給料はもう何年も据え置きのままである。どうやら定年まで上がらないことが決まっているらしい。こんなに不安定で儲からない仕事だなんて、きっとみんな知らないんだろう。なにせ教育委員会からも「24時間、教師たれ。」と言われるくらいのびっくりするようなブラックな有様である。言わんとすることはわかるし、半ば実践しているつもりだが、海外の教師は勤務時間が修了したらさっさと帰宅できるけど尊敬される。日本の教師は土日祝日、盆正月をなげうってがんばっても、保護者からクレームを浴びせられる存在に過ぎないのであれば、人にお勧めできる仕事とは言えない。現に、私は我が子が教師になることを望んでいない。仕事なんて星の数ほどある。好きなことをやれば良い。世の中を見渡しても、あれほど難関だった教員採用試験が、今やなり手がおらず、閑古鳥が鳴いている。今の教師の置かれている実態に、若者が気づき始めたのだろう。これから教育の質が下がりまくる時代がやってくる予兆である。日本人は教育の質の低下という未来を覚悟しなければならない。

 と愚痴をこぼして、日本の未来を放棄するわけにも行かない。個人レベルでは、自分ががんばりさえすれば尊敬も得られるだろうが、「日本の教師」というくくりで考えると、個人の努力ではどうしようもない気がする。昔見たアメリカ映画に小さなヒントがあった。成績の悪い生徒の担任が家庭訪問し、なぜか、「すばらしいお子さんです。」と、生徒の良いところばかりを誉め、母親も「自慢の息子です。」と泣きながら話すシーンだ。なぜか、それが頭から離れない。子どもを上手に育てたいのであれば、学校と家庭がスクラムを組まなければならない。親と教師が悪口を言い合う狭間で、こどもが真っ直ぐ成長するはずがない。保護者が「あの先生はすばらしい。ちゃんと話を聞いて素直に指導に従いなさい。」と、教師が「ご両親はこんな風にあなたのことを思って下さってるんだ。すばらしいご両親だ。その思いに答えなくちゃね。」と伝え続ければ、それを聞き続ける子どもは、学校や家庭でおこなわれる教育に意義を感じ、受け入れられるようになるかもしれないが、「あの先生はダメ。学校の言うことは聞かなくてもいい。」とか、「お前の親はどうなってるんだ!」なんてもってのほかである。「そういう意味」で、教師を尊敬しない国はきっと衰退していく。

 「教師を誉めよ。子どもたちのために。」
 それが、「HAPPY TEACHER'S DAY」の意味ではないのだろうか。
 日本にも「教師の日」が必要である。

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    オーチャード通りにずいぶん馴染んできた

 ホテルに戻って、マンダリン内の「333」でアイスコーヒーを飲んだ(妻はゆずチーズケーキもご注文)後、荷造りをしてチェックアウトすることにした。荷物は、空港行きのバスがこのホテルの玄関前から出発することもあり、集合時刻である夜10時まで預かってもらえることになっている。手回り品だけを持って出かけよう。ここから夜までの時間を楽しもう。シンガポール旅行も終盤である。

(つづく)

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