2018.10.14

シンガポール旅行記 その72 (最終話)

 思えば、この旅は一通のメールから始まった。本当はメラニーと19年前に交わした約束を果たすため、彼女の結婚のお祝いをするために、メラニーの元に行くはずだった。しかし、カナダがメキシコになった瞬間に、思い描いていた旅が大きく変わってしまった。シンガポールの旅は文句なく楽しかった。偶然浮かんだ代案だったが、今思うと奇跡のように最良の場所を選んだものだと自分に感心してしまうほどだ。ジェンにも会えたし、妻の初の海外旅行としてはちょうど良いウォーミングアップにもなった。しかし、目的はまだ果たしてはいない。妻をメラニーの元に連れて行くという目的だ。願わくばこうなったら娘や息子も連れて行きたい。しかし、彼女は私が想像している以上に忙しいようだ。私とメラニーのメールのやりとりはこうだ。

2017年5月6日 結婚式の招待状が届く
   5月14日 お祝いのため、2017年の8月にカナダに行きたいと伝える
   5月16日 忙しいので来年の夏に来いと言われる

In terms of timing, this is something that we have to plan for next summer as Spencer and I are all booked up for this summer. We will be cp-teaching a course at Harvard in July, going to Mexico for 2 weeks and then hosting some friends from Brussels for 2 weeks. So our summer is fully booked! Shall we plan for this for next summer? What do you think of that?

2018年3月2日 メキシコで結婚式
   3月20日 8月のカナダ行きの計画を立てたいと伝える
   3月21日 忙しいので来年の夏に来いと言われる

I am so excited that we might see each other soon. This summer, however, might be a bit tight. The kids will be in BC (the western most province of Canada) for July. During that time, Spencer and I will be teaching at Harvard and then away for conferences. In August, we’ll be either in Ottawa (and the kids are in camp) or at my mom’s house in Waterloo. The week that you mention, we’ll be in Waterloo in camps (with their new cousins from England). The rest of the summer is busy with camps. I’d like to have some time with you all.

 1回目のやりとりの時は「あら、残念。」ぐらいの気持ちだったが、満を持して渡航計画を立てるべく、結婚式が終わって一息ついてるであろうタイミングで2回目のメールを送ったらこの返事。この時は少々複雑な思いだった。彼女は前の年に「来年の夏に来い」と言ったことをすっかり忘れているのだ。彼女と我々の関係だから、避けられているなどということは絶対にない。おそらくは結婚のドタバタで忘れてしまったのだろう。彼女の夫には連れ子があり、突然二人の子持ちになってしまった彼女の生活の激変ぶりは容易に想像できる。本当に家庭を維持することが出来るのかと心配してしまうほどだ。

 さらには2017年11月29日、彼女はカナダ政府から表彰(Senate Medal)されている。乳がんと闘う女性をサポートするボランティア集団を立ち上げ、その活動をリードする存在としての活躍が評価されたようだ。相も変わらず彼女の行動力には心底驚かされる。カナダを代表するような存在になってしまった今、私たちの渡航につきあっている時間などないのかもしれない。彼女が活躍すればするほど、どんどん遠い存在になっていくのが、うれしくも寂しい。

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   あなたの友人であることを心から誇りに思います

 もう一つ浮かんだのは、単純に「夏」は忙しいということだ。大学の先生にとって、夏は他の大学まで出張しての集中講義の季節。自分の大学での授業なら何とか調整もつくだろうが、ハーバードまで出向くのだから簡単にはいかないのだろう。そう考えると、娘と行ったのも8月だったが、もしかしたらかなり無理して都合をつけてくれたのではないかと今更ながら思う。

 その一方で、日本人教師である私が長い休みを取ることは限りなく難しい。おそらくは、盆、正月、GWに最大で1週間が限度。1月のオタワはきっと私たちには耐えられない世界だと思う。ネット情報では、年間平均気温が低い首都ランキングで世界第7位だとか。なにせ、運河がスケートリンクになる所であり、カナダ人の彼女が「寒すぎる」と言って、メキシコへ逃げ出すくらいだから間違いない。GWは一般企業なら連休になるだろうが、学校はカレンダー通りであり、普通は思ったほど長い連休にはなっておらず、海外旅行の候補にはなりづらい。そうしてお盆が唯一の選択肢として浮上するのだ。こちらからピンポイントで提案するなんて虫が良すぎる話だ。そう考えると、果たして私たちがカナダに行ける日は来るのかと、実は今、半分あきらめムードが漂っている。もう彼女には会えないのか...。いや、なんとか調整をつけて、メラニーとその家族に結婚のお祝いを伝えに行くのだ。そしてオタワの街を、トロントのCNタワーを、ナイアガラの滝を、ブルージェイズの試合を妻に見せるのだ。目標に変わりはない。それがいつになろうとも。

 この旅で学んだことは、
  1 日本がアジアナンバー1というわけではない。
  2 多民族が融和する姿はとても興味深くて、とても楽しい。
  3 まだまだ歴史や英語の修行が足りない。
  4 物より、絶対想い出
  5 人生に、これが最後なんてない

 知らないことを知る喜びが旅にはある。知らない文化を知ることで、自分たちの文化を大切にしようと思う。双方の文化の違いを知ることが、互いを理解するときの困難を和らげてくれる。文化の比較をするうちに、反対側から世界を見ることを、視野を広げることを、自然と身につけていく。世界中の人々を理解できる人になりたい。みんながそうなれば、世界から戦争がなくなるのに。

 またお金を貯めよう。体力があるうちにまた海外旅行に行こう。カナダだけでなく、アジアにだって目を向けてみよう。情勢が落ち着いたら韓国にも行こう。国内旅行だって、行きたいと思った日が吉日。鹿児島にも京都にも行こう。まずは手始めに香川に行こう。日帰り旅行にも行こう。たくさんの想い出を作ろう。そんなことを考えるエネルギーを持つことこそが「生きる」こと。シンガポール旅行が私にそのことを教えてくれたような、そんな気がする。

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 もう一度行きたい国、シンガポール。
 ありがとう、シンガポール。
 ありがとう、ジェン。

 これが私の「シンガポール・ストーリー」である。

おわり

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2018.10.08

シンガポール旅行記 その71

 チャンギの出国ロビーは本当に長い。(あとで気がついたのだが、通路の脇には電車があったようだ。シカゴのオヘア空港ではターミナル間に電車が走っていた。) しかし、その長い通路を楽しむ気持ちでのんびりと歩いてみた。意外にも体力は残っていたようで、歩くことは苦ではなかった。ただ困ったのは、あるところから売店らしきものが、飲み物を買える場所がまったく見当たらなくなったことだ。日本なら所々に店舗がありそうなものだが、本当に何もなく殺風景そのもの。かろうじて、水だけ売っているワゴンを見つけた。

 手荷物検査場の手前のところに沢山のソファーがある。ここで食事をとる。私が買ったサンドイッチはまずまずの味だった。夜中のことだからこの量で十分。グラタンの方は「ううん...。」と妻が言っていた。パフは、なるほどサーディンとルンダン(牛肉をココナッツミルクと香辛料で煮込んだ料理)といった味だ。とってもアジアっぽく、香辛料がたっぷりでクセが強かった。この味なら妻は絶対、一口で「もういい。」と言うに決まっているので、1個ずつだけ食べて、残りは自宅に持ち帰り、翌日一人で食べた。

 食事も終わったので、いよいよ手荷物検査場を通過する。ここを通過したら後には引き戻せない。すでに結構な数の人が列を作っており、ちょっとだけ待たされた。検査員の黒人の女性から「パソコンはないか」と聞かれたので、「iPadがある」と言って出して見せたところ、「iPadはいい」と言われた。やっぱりiPadはパソコンではないのだなぁ。

 搭乗口のところまでやっと辿り着いた。まっすぐあるいていたら45分はかからなかっただろうが、途中で買い物を入れたら45分ではとてもたどり着かない距離だ。あとは搭乗の案内を待つばかり。ここまでは順調に、早めにきたので、まだまだ時間はある。早めに搭乗アナウンスがあるとのことだったので、それを期待し、その時が来たら機内でさっさと寝ることにしよう。起きたら日本だ。空港内にWi-Fiがあると聞いていたが、試みるも繋がる気配はない。おそらくパスワード式なのだろう。どこかで聞けたのかもしれない。フリーで使えるデスクトップタイプのパソコンが数台あったので、ネットに繋ごうと立ち上げてみたら、なんとWindows2000だった。懐かしすぎるぞ。こんなんでいいのか? おかげでほとんどまともに表示されない。世界最先端の空港もこんなものか。

 それにしてもいつまでたっても搭乗案内がない。出発予定時刻は25:20、搭乗開始時刻は24:20、でもサービスで23:50には搭乗できると言ってたのに、まるでその気配がない。早く乗れるのではなかったのか。アナウンスは「まだ待て」の繰り返しだ。ひたすらソファーで待たされる。ここで寝るわけにもいかない。と言うか眠れそうにもない。結局、ほぼ定刻に搭乗が始まる。期待させられた分、がっかりして疲れた。ここは日本ではない。我慢がまん。

 飛行機に乗り込んで初めて気がついた。我々の席は中央4人席の真ん中。両サイドを外国人男性に挟まれる。最悪だ。結構たくさんの人が乗っているので座席の変更はできそうもない。この時、サービスで靴下らしきものが配られた。足の形にはなっておらず、ただ真っ直ぐの筒状のものだったので靴下なのかどうかの確信が持てなかった。違ってたら恥ずかしいので結局使えなかった。あとでシンガポール航空のHPを見たところ、やはり靴下だったようだ。70周年記念の特別サービス品で、靴を脱いでこれを履いて足を伸ばすことでリラックスしてもらうためらしい。未だに足を通していない。今後使い道があればよいのだが。アイディア募集中である。

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   歯ブラシセットと一緒に、説明なしで配られた

 機内でしっかり眠るために、まさにこの日のために福岡の東急ハンズで買った首まくらを使ってみた。結局、「使い慣れないものは使えない」ということがよくわかった。眠くて仕方がないときにはいいかもしれないが、寝たいけど眠れない時にはうっとうしくて余計に眠れない。ほぼ眠ることなく、目をつぶって朝まで過ごした気分。朝食が配られる頃には、中途半端な睡魔のせいで頭がぼーっとしていた。

 ほぼ寝られぬままに朝6時。あっという間に朝食の時間が来る。時間が時間だけに、食べないと言って断る人も何人もいた。ユナイテッドと違い、食事そのものはかなりレベルが高い。実はこの食事も写真に撮っていたのだが、帰宅後、写真データを整理しているとき、ホテルを出て以降の写真をうっかり消してしまったので...ない。デジタルは本当にこわい。ということで、メニューだけ振り返ると、

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<朝食>
 フルーツ
   季節のフルーツ
 メインコース
  和朝食
   焼魚、生姜だれ、玉子焼き、野菜、
   沢庵、御飯
  チーズオムレツ
   チキンソーセージ
   煮込み野菜とポテトとともに
 ベーカリー
   パンとバター
 温かいお飲物 コーヒーと紅茶、煎茶

いや、本当においしかった。ただ、ご飯とパンの組み合わせの意図は、

 (1)両方食べろ  (2)好きな方を食べろ

のどちらなんだろう。正しい答えはわからないが、とりあえず(1)と判断した。

 ぼんやり眠たくはあるのだが、7時間もの間、何もしないではいられない。おもしろそうな映画を探してみた。で、選んだのはインド映画「モヘンジョダロ」。普段だったら音声はヒンディー語、字幕は英語の映画なんて絶対に見ないのだろうが、極限まで暇な状況。ボリウッド映画はストーリーが単純なので、見だすと不思議と意味がわかる。しかも音楽とダンスだけでも十分面白い。出演者もインド風の二枚目にインド美人。いやぁ、はまってしまった。

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歴史映画と言うよりは、ありがちなゆるいボリウッド映画

724_3 その後に見たのがなぜか「チアダン」。やっぱり、あんまり難しい映画よりは軽ーく見られる作品の方が、機内で見るには合っているんだと確信した。おもしろかったのだが、映画が終わる前に福岡に到着してしまった。なんてこったい。

 ほぼ時間通り、8:35に福岡に到着する。往路は5時間25分。復路は5時間15分。赤道直下から北上するせいか、はたまた乗っている時間があんまり長くないせいか、偏西風の影響はちょっとしか出ていない。

 もうここは福岡。すでに日本どころか九州の空気である。荷物を受け取り、入国口へ。外国人専用の入国審査場には、韓国人と思われる観光客の列が長かった。しかし、私たちは日本人専用口で入国審査ができたので、あっという間に順番がくる。手続きもスタンプをポンと押されて終わり。税関で「携帯品・別送品申告書」を見せる。何も無し。福岡到着だ。心なしか、シンガポールより暑い。

 日本到着が遅れるかもしれないと思って、佐世保行きの高速バスはかなり時間に余裕をもった便を予約していた。入国の手続きがあっという間だったので、バスを一本早めて帰路に着くことが出来た。佐世保までの所要時間はほんの10分ほどだった。もちろん車内でスヤスヤとタイムトリップしたからである。

バスを降りて、スーツケースを引きずりながら我が家へ続く坂道を上る。

ただいま! お土産買ってきたよ!

(つづく) (次回最終回)

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2018.10.06

シンガポール旅行記 その70

 帰る人々の流れに乗ると、すぐに地下鉄の乗り場が見つかった。あれほど苦労しながらここまで来たのに、帰りはあっさりとしたものだった。ベイフロント駅までの道のりも決して寂しいものではなく、満ち足りた気持ちで歩むことができた。駅で切符を買おうとしたところ、妻のカードにエラーが出て使えなくなった。私が2枚持っていた(それもまた先の失敗によるのだが)ので、ちょうどそれが役に立った。

 サマセット駅に着く。バスの出発まではまだ時間がある。夕食をとろうと、このシンガポール到着後初めて入ったあのThe Centrepointに行った。地元料理のお店があったので席に着いたら「閉店だ」と言われ、別の店を探すことに。ところがここで妻の悪い癖が出る。「バスの時間に間に合わなかったら嫌だから、あとで空港で食べよう。」と言うのだ。いや、ホテルは目の前だし、集合時間まではまだ十分時間がある。しかし、「もしもバスが早く来たら大変だから、早めに集合場所に行って待機したい。」と言う。そこが妻の欠点であり、良いところなのだ。この旅は彼女のためのものだから、怒ったりしないこと。自分にそう言い聞かせ、最後の夕食は空港でとることにした。

 ホテルで預かってもらっていた荷物を受け取り、そのままロビーでバスの到着を待つ。一日中歩き回ってきたのだ。疲れていないはずがない。畳の上でゴロゴロしたい気分。チェックアウトしたので、もうホテルのFree Wi-Fiも使えないようだ。荷物の整理のほかは特にすることもなく、ただじっとバスを待つ。

 22:05にこのロビーに集合だったのだが、21:50頃、バスが到着し、ガイドが私たちを迎えに来た。ほとんど迷いもなく声をかけてきた気がした。よくわかるなぁ。割と新しい大型のバスで、すでに半分くらいの席が埋まっている。添乗員は日本語が堪能な若い女性のシンガポール人。それにしてもこの添乗員のノリはなんだ。よく言えば明るい、悪く言えばチャラい。日本に留学していたと言っていたが、間違いなくキャバクラでバイトしてたろって感じのギャル系。自分でボケまくって自分でツッコむの繰り返し。仕事はちゃんとこなしてはいるが、とにかく苦笑いしてしまうほどチャラすぎる。こんな夜遅くにこのテンションはいらないってば。

 バスはかなり遠回りしながら、途中2カ所で日本人を拾い、ほぼ満席状態で空港に向かう。23時、空港に到着。夜遅いせいかロビーの人影はまばらで、ただでさえ広いこの施設がとてつもなく広く見えてしまう。カウンターでの発券は、ほぼ無言で進む。チケットを受け取り、指示された方に歩いて行くと、出国審査場があった。出国審査は無人。自分でパスポートを機械にピッとした後、右手の親指をスキャンしたら終わり。面倒な審査官との会話などない。よく考えるとこの時、「出国」のスタンプを押されなかった。今時のパスポートは電子式だからいらないのかもしれないが、スタンプがもらえないのは何となく寂しい。ラジオ体操をしたのに印鑑をもらえなかった気分に近い。日本もこれからそうなると新聞に書いてあった。税関らしきものもなく、その後、検査員が軽くパラパラとパスポートを見て、搭乗チケットにペンでチェックを書き入れて終わり。なんじゃこりゃ。あまりに簡単すぎる。観光大国からの出国はこんな感じなのね。

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          このチェックってなんだったのだろう

 バスの添乗員が言っていたことを思い出す。

「現在23時です。飛行機の出発までにはまだ随分時間がありますが、搭乗口まで移動するのに45分はかかりますから十分気をつけてください。また予定時刻より30分くらい早めに搭乗して、機内で休むことができると思います。アナウンスに注意しておいてください。」

 搭乗口まで歩いて45分!? デカいハブ空港だとは聞いていたが、どんだけ広いの? 搭乗口はここからずっと左の方に行ったところだと言われたが、通路が軽く曲がっているせいか、これがどのくらい先まで続いているのかがわからない。右の方も、ずーーーーーっと通路が続いていて、向こうの方が霞んで見える。事前に見たHPには、いろんな施設が充実していてすごい空港だと書いてあった。当初はきっと一日歩いて大汗をかいているだろうから、ここでシャワーでも浴びたいと思っていたのだが、実際のシンガポールは日本ほど蒸し暑くはなかったし、エアコンが効いた所にばかりいたので、シャワーを浴びたいという欲求はそれほどでもなかった。ただ、店舗やレストランはたくさんあるようだが、そうした施設があるようには見えない。後でわかったことだが、どうやらそれらは一つ上の階にあったようで、大した予習もしていなかったし、そうしたことに気づく余裕もなかった。シカゴのオヘア空港の時もそうだったが、本当に時間があるのなら、今度は空港そのものを観光してみたい。

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      手荷物検査を入れての45分だろうが、確かに遠い
      私たちが歩いた距離は、建物の左半分に過ぎない

 出発まではまだ2時間以上ある。とりあえず買い物と食事だ。今立っているあたりだけでも、ものすごい数のお店が並んでいる。とても空港のロビーには見えない。その数と規模、密度はまるで都会のアーケードだ。お菓子の類のお土産もあるが、最初に目に飛び込んできたのはTWG(シンガポールを代表するお茶メーカー)だ。ここは外せないんじゃない? 店は黄色(金色)に光り輝いており、全てのお茶が同じに見えるのだが、よく見るとお茶の名前の部分だけが違っている。高級品とはそのようなものなのだろう。どのお茶が美味しいのかわからないが、聞いたことのある銘柄を買ったようだ。代金は現金で支払ったのだが、支払額に端数があった。小銭が手に入ると思ったら、10セント未満の端数は切り捨てだった。結局、この滞在期間に「1セント硬貨」を目にすることはなかった。日本で言うなら1円玉。カナダでもアメリカでも見かけたペニー(1セント)だが、もしかしたらシンガポールの市場には出回っていないのかもしれない。

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   The Wellbeing Group の頭文字でTWGだそうだ

 2時間ほどの時間があるとは言え、本当に搭乗口まで45分近くもかかるのなら、それなりに先を急がなければならない。とりあえず搭乗口の近くまで行ってから、その周辺で買い物や食事をするという手もある。ただ飲食物は搭乗口手前にある手荷物検査場より先には持ち込めないらしいので、その手前までに全てを済ませないといけないのか。先が読めないとなかなか行動に決断ができない。

 お土産品はそれなりに買ったので、お腹を満たそう。いろんなレストランや軽食・喫茶のようなお店もあるが、時間も時間だし、がっつり食べようとは思わない。結局カフェで、私はチキンサンドを、妻はグラタンを買った。店で食べるのではなく、持ち出して食べられる場所を探した。そんな時、目に飛び込んできたのはTIPTOPという店のCurryPuffだった。現地のファーストフードだろうか。1個1.5S$と手頃。列に並び、一番売れすじと思われるカレーパフを注文しようとしたら、前の人が...買い占めた。なんてこったい! 仕方なく、Sardine PuffとBeef Rendang Puffを2個ずつ買った。

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 こういうお店にこそ入りたいのだ   おまんじゅうサイズでちょうどいい

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なぜシンガポールでたくさん売ってる?  最後はこれだけ残ったようだ

 飲み物はもう少し先の方で買うことにして、とにかく手荷物検査場を確認に行こう。その近くで食事をしよう。

(つづく)

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2018.10.03

シンガポール旅行記 その69

 このままシンガポール最後の夜は待ち続ける時間で終わってしまうのか。雨で中止じゃ誰にも文句は言えないし...。本当は気持ちを切り替えて別の場所を楽しむべきなのだろうが、ずいぶん端っこの方まで来てしまった。疲れた心と体を引きずってこの雨の中を引き返す気力をほぼ失っていた。ここで食事でもしようか。何となくそれも違うなぁ。何を話すでもなく、ぼーっと時を過ごしていた。

 7時を少し回ったところだろうか。まわりが微かにざわつき始めた。妻が先に気づいた。雨がやんだのだ。そして人々の動きにも変化が出た。みんなが一斉にスーパーツリーの方に歩き出した。そうか、ガーデンラプソディーを見ることができるかもしれない。我々も行こう。

 とりあえず傘はいらなくなったが、空に星が見えているわけではない。本当にショーを見ることができるのかはよくわからなかったが、この人々が振りまく空気はなぜか確信に満ちあふれている。夜の森の小道を少し迷いながらツリーを目指して歩く。急に開けたところに出た。スーパーツリーの森のど真ん中だ。電飾で飾られたツリーはすでに輝いていた。すごい。その姿を見ただけでさっきまでの疲れが完全に吹き飛んだ。興奮している妻が、自分がわかった。

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   輝く樹々が迎えてくれた       ベイサンズとスーパーツリー

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 スーパーツリーの間にかかる高さ22m、全長128mの吊り橋スカイウェイ

 ショーそのものよりも妻が楽しみにしていたのは、ツリーをつなぐ吊り橋「OCBCスカイウェイ」を歩くことだった。チケット売り場に行くと、残念ながら「荒天のためお休み」となっていた。この状況ではそれは仕方がない。上から見下ろす風景もきっと見事だったんだろう。それよりもショーはあるのか。誰も立ち去ろうとしていない。ここにいる人たちは誰もが奇跡を信じて疑っていない。そして、時がきた。

 静かに音楽が流れ始めた。なんとついにショーが始まったのだ。

 大きく呼吸をするようにスーパーツリーがゆっくりと点滅する。樹々の鼓動が聞こえてくる。色とりどりに苔むした幹が光を放ち、空に広がる枝が曇り空に七色の星を描いた。森の中の木の根元にいる私たちの視野はあまりにも狭く、全体を見渡すことはできない。その分、この小さな世界の空気まで五感で感じることができた。首が痛くなるほど上を見上げ、光と音楽が舞う姿をただ黙ってじっと眺めた。目の前で同じように空を見上げる妻の背中が見える。その瞬間、カナダ旅行の最後の夜、パーラメント・ヒルで迎えたあの感動のフィナーレとまるで同じ時を「感じている」自分に気がついた。そう、あの時とまるで同じだ。この時を妻に経験させたくて、ここに連れてきたのだ。私たちは確かにシンガポールにいるのだ。そう思うと、あの時と同じようにまた暗闇の中で感動の涙があふれでてきた。


 
 
 This is my country, this is my flag
 This is my future, this is my life
 This is my family, these are my friends
 We are Singapore, Singaporeans       "We Are Singapore"
 
 
 流れる音楽の所々で聞き取れた歌詞の断片が、こころを揺さぶっては私の中に溶け込んでいった。私の心と体は完全にシンガポールに包まれていた。

 この旅の最後の時間に、こんなフィナーレが用意されていただなんて。

 心の底から感動した。本当に幸せな時間だった。

 妻をシンガポールに連れてきてよかったと思った。

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     本当の星空にも負けない美しさだった
 
 
 そして、感動の「ガーデン・ラプソディー」は静かに終わった。
 
 妻はこの旅をどう感じたのだろう。本当はカナダに行くはずだった。シンガポールは思いつきの代案だった。代わりだったら、きっと韓国に行きたかったはずだ。でも確かに初めての二人での海外旅行。この旅の中にも楽しかった思い出はたくさんできたのではないか。私にとって二度目の海外旅行が、私にそう思わせる心の余裕を与えてくれている。カナダに行った時は「これが最後の海外旅行になるかもしれない」と感じていたが、今は違う。あの時のあの瞬間には、何かが終わった感じがしていた。でも今は違う。次はどこに行こうか? もっといろんな国に行ってみよう。終わりだけど始まりのような気持ちがあふれている。ちっとも寂しくない。本当に素晴らしいフィナーレだった。

(つづく)

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2018.10.01

シンガポール旅行記 その68

 傘を差しながら、ドラゴンフライ・ブリッジをとぼとぼと歩く。この雨の中のお散歩はいつ終わるのだろ。この先がどうなっているかわからない道はとても遠く、長く感じるものだ。

 向こう側に着いたら下りのエスカレーターが、....なんと、止まっている。(T_T)

 どうやらシンガポールでは雨の日は国中のエスカレーターが止まるようになっているらしい。(知らんけど。)今度は大した高さもないのでこわくはないが、足下をぬらしながら金属の階段を恐るおそる歩いて降りる。東小屋のような施設が見えたので、とりあえずそっちの方に行ってみると、シャトルバス乗り場だった。この雨の中、歩くのを断念した人たちがすでに長蛇の列を作っている。とりあえずギフトショップのあるあたりまで行きたい。晴れていればシャトルバスに乗るような距離ではないのだが、今は精神的にも体力的にも無理。一刻も早くバスに乗り、どこかで休憩したい。

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  スーパーツリーの林を抜ければ、歩いても5分とかからないだろう

 シャトルバスは有料のようだ。大人一人3S$。そう言えば、昨日使った入場切符は半券みたいなのが残っていたが、あれは使えないのだろうか。そう思い、切り取られていない部分を残したチケットを係のお兄さんに見せて聞いたら「これでは乗れません。チケットを買って下さい。」と言われた。なぜかあきらかにもぎ取られていない部分が残っているのだが、これはシャトル券ではなかったのか。あきらめてチケット売り場の列に並ぶ。結構長いぞ。順番が回ってきたところで、窓口のお姉さんに、施設の入場券にシャトルバスは含まれていないのかと再び聞いたら、やっぱり答えはノーだった。完全にあきらめて、「大人2枚」と言ってチケットを買う。

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    上段が前日に行った「クラウド・フォレスト」のチケット
    下段がこの日買った「シャトルバス」のチケット
    もぎられた側が違うが、表面のデザインに違いはない

 囲いはなく、屋根の着いた大型カートといった感じのシャトルバスだ。満員のお客を乗せてゆっくりと動き出す。公園の中を通ってくれれば眺めるものもあるだろうが、外周の一本道を走るだけだったので、クラウド・フォレストなどの施設があるゾーンが近づくまでは、ほぼ見るものはなかった。ただ相変わらずの雨が降りしきっていただけだった。

 まだまだ時間はあるので、ギフトショップへ行く。最後の買い物のつもりでゆっくりと見て回った。いくつか買いはしたものの、昨日も見たショップだったのでさほどの時間はかからなかった。店員に「7:45からのガーデン・ラプソディーはありますかねぇ。」と尋ねたが、誰に聞いてもみな口をそろえて、「わからない。」と答えるばかりだった。おそらくは我々と目的が同じであろう人々がベンチに座っている。ちょっと疲れた。空いている場所を探し、何をするでもなくベンチでしばらく休憩。

(つづく)

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2018.09.29

シンガポール旅行記 その67

 雨がやまない。やむ気配がない。このまま夜まで降られたらこれからの計画が全て消えるだけでなく、こんなところにずっと足止めされたままになるのか。それはかなり嫌だ。とりあえずマリーナベイ・サンズに行って、リバークルーズが出来そうか確かめよう。博物館を飛び出す。スコールの国と聞いていたので、二人とも携帯傘は持ち歩いている。地下鉄の駅まで移動するには問題はない。

 ドービー・ゴート駅に戻り、地下鉄でベイフロント駅まで移動。ザ・ショップス・アット・マリーナベイ・サンズは何度も来ている気がする。あの広大な施設の中をとぼとぼと歩く。建物は総ガラス張りなので、中にいても外の様子はわかる。今もなお、スコールがこれでもかというほど降っている。リバークルーズ乗り場が見えるあたりまで行くも、やはり雨やまず。誰かに聞かなくてもわかる。これでは船は出ていないだろう。仮に雨が上がったところで船はびしょ濡れだし、今日は中止に決まっている。何となく手詰まり感が漂う。リバークルーズはあきらめた。

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    幻のリバークルーズのパンフ ここでも日本語の解説が怪しい
    変なフォントは入っているし、この部分だけ印刷が傾いているし 


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     ぐるっと一周して、ちょうどいい時間だったんだけどなぁ

 そうなると、なんとしてもガーデンズ・バイ・ザ・ベイのライトアップショー「ガーデン・ラプソディー」だけは見て帰りたいが、まだ5時過ぎ。一つの予定がすっぽりなくなったおかげで、まだ2時間半もの空白時間がある。でも代案は浮かばなかった。このあたりで頭が回らなくなっていたのは、きっと一日中歩き回ったせいだったのだろうと、あとで思い返して思う。

 「とにかく、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイに行ってみようよ。」

 クルーズが出来ず意気消沈している妻の頭の中は、すでにみどりと星空を割り込むようにそびえるスーパーツリーの輝きで満たされている。それだけは見たいという思いが表情にあふれている。近くのインフォメーションでガーデンズ・バイ・ザ・ベイへの順路を聞く。またシングリッシュが理解できなかったらどうしようという思いで軽く緊張した。話しかけてみると、割ときれいな英語が返ってきた。まずは傘を持っているかと聞かれた。近道は屋外にあるようだ。施設の中央部の吹き抜けにあるエスカレーターを最上階まで上がり、外に出て、向かいのマリーナベイ・サンズをくぐり抜け、再び外に出てドラゴンフライ・ブリッジへ向かう。後は真っ直ぐその橋を渡るだけだ。

 ルートとなる施設地図をもらい、御礼を言ってまた歩き出す。途中、コンビニを発見。ついのぞき込む。なにせ、このザ・ショップス・アット・マリーナベイ・サンズはあまりに高級すぎて、我々が立ち寄る気になる店は他にはまったくないのだ。コンビニというかお土産屋さんのような店内を見て回ったが、もはや驚きや感動はない。もしマリーナベイ・サンズに宿泊していたら、ここまで飲み物や食べ物を買いに来たんだろうなぁ。貧乏人の我々は。

 突然、日本語で声をかけられる。化粧品の店の客引きだ。日本人の観光客も結構多いんだろうな。でも、高級ブティックだらけの場所だから、客引きは似合わない気もするんだけど。とりあえずつかまったら何を買わされるかわからないので、軽く振り切るように先を急ぐ。

 角を曲がったところに、教えてもらったエスカレーターを発見
 ...したのだが、なんと、止まっている。(゜Д゜)

 人が来たら動き出すセンサー付きかと思ったら、一段目に足を乗せても全く動かない。ちょっと待て。このエスカレーターは日本では見たことないくらい長いし、めっちゃ急勾配だぞ。動かなかった理由はわからないが、これを歩いて上るほかに我々に選択肢はない。階段と思えばそれまでだが、途中で気づいたことがある。それは、エスカレーターは動かない方が「こわい」ということだ。この両側が透明なエレベーターは、巨大な吹き抜け空間に沿うように建物の1階から4階までを一気につなぐように設置されており、途中振り返るように下を見ると、我々の足下に広がる視界は一気に地下2階まで見渡せる。すなわち、まるで5~6階付近の空に浮かんでいる気分になるのだ。しかも、なかなか上に上がっていかない。(歩かないことには。)高所恐怖症の私はその恐怖心からカメラのシャッターを切る余裕が持てなかった。おかげで言葉しかこの時の気分を表現するすでがない。おそらく私の文章力ではうまく伝えられないだろうが、とにかく下を見られないほどの怖さだった。

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    平面だと、こう移動しただけなのだが...。

 屋上のようなところに到着した。外は雨。晴れていたらマリーナベイ・サンズの建物を見上げる良い休憩スペースになるのだろう。でも今は雨。どこもかしこもびちゃびちゃで、そこに留まることもためらわれる。きれいな花に囲まれたブリッジをマリーナベイ・サンズに向かって足早に渡った。

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    雨の中のマリーナベイ・サンズ

 マリーナベイ・サンズに入っても外の雨は弱まる気配なし。まだ6時かぁ。ドラゴンフライ・ブリッジに向かうこともためらわれる。かと言って、あの急な階段を歩いて降りるなんてとんでもない。サンズの中の連絡橋という狭い空間に閉じ込められた気分。いや、文字通りほんとに動けなくなった。両側にはホテルの中の通りが広がっているが、そこには降りられない。座って休める場所もない。万事休す。せめて下のフロアに降りられれば買い物も出来るのに。

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    そこはそれ、記念に写真を撮る

 しかたがない。思い切ってガーデンズ・バイ・ザ・ベイへ行くとするか。前にすすめだ。

(つづく)

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2018.09.27

シンガポール旅行記 その66

 この後決めていたことは、マリーナエリアのリバー・クルーズを楽しむことと、昨日行ったガーデンズ・バイ・ザ・ベイを再び訪れ、19:45から始まるライトアップショー「ガーデン・ラプソディー」を見ることだけだった。ガーデンズ・バイ・ザ・ベイのスーパー・ツリーは夜の姿こそが見物であるという。この二つは妻が楽しみにしている。時刻はまだ午後2時。リバー・クルーズの前にどこか一つ入れようと思い、選んだのはシンガポール国立博物館だった。その国を理解したかったら、やっぱり博物館は外せない。しかし、この国にもいろんな博物館があるため選択に悩んだが、今いる場所に比較的近いという理由でここを選んだ。

 地下鉄でサマーセット駅からドービー・ゴート駅まで移動する。ドービー・ゴート駅のフードコート街はとても魅力的だった。長期滞在するのなら、休日はきっとこうした地下街の店を回って制覇しようと考えるだろう。

 ドービー・ゴート駅に到着し、シンガポール国立博物館に向かう。この頃から、ぱらぱらと雨が降り出す。大した雨ではないが、途中、所々で雨宿りをする。まもなくシンガポール国立博物館に到着。ここでは、シンガポール航空からもらった割引券が使えた。

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 さて、この感じだと展示場所は2階かな。常設展はと...。ん? 順路がわからないぞ。どこに行ったらいいの? その辺の展示されている部屋に適当に入るも、またまた次にどっちに行くべきかがよくわからない。カナダの博物館もそうだった。おそらくは海外の博物館は「お気に召すままにどうぞ」方式なのか。日本だったら見事な誘導案内の掲示がありそうなもの。元々、見たくてしょうがなかった場所というわけでもないので、あきらめて順路など気にせず、なんとなくぶらぶらと展示物を見て回ることにした。展示物はシンガポールの生活様式の変化と歴史に関するもので、なぜだかビックリするほど日本の昭和初期の匂いがプンプンしてきた。よく見れば確かにシンガポールっぽいのだが、同じアジアだとこの時代のそれはやっぱり同じになるのか。日本のテレビで見てきた日本の戦後復興に何となく似た歴史を追ってきたのではないかということを知り得た機会にはなった。

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    イラストが日本のマンガっぽいせい?

 展示内容で驚いたのは、太平洋戦争で日本軍に占領されていた時代はもちろん描かれてはいるのだが、日本軍についての表現が予想していたものに比べるとあまりにマイルドで、感想は「これだけ?」だった。行ったことはないが、おそらくは中国や韓国のそれではまさに鬼畜のように描かれているに違いない。比較的新しい施設でもあるので、少し和らげた表現のものに改められたのか、はたまた日本人に対してはさほど悪意を持っていないのか。元々イギリスの植民地時代を経験済みだし、その当時ですらイギリス人を憎まず受け入たお国柄がある。戦後の東南アジアの各国がかの戦争をどのように理解し、総括したか。その後の国づくりや国家間の関係づくりにどのように利用しているか。国によってこうも違うのか。

 展示物を一通り見終わった後、お土産品のコーナーを眺めていたら、ザーザーという音を立てて、びっくりするほどの大雨が降ってきた。雷も鳴っている。これほどの規模の雨ともなるとうかつに動けないし、何よりこの後の計画が予定通りにいくのかどうかが心配だ。ジェンが言うには「シンガポールの天気予報は毎日『晴れ時々曇り、所によりにわか雨』だから見てもしょうがない。」のだそうだ。雨はいつ来るかわからない。熱帯のスコールは予想ができないらしい。とりあえず少し小降りになるまで待つことにした。

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   雨の強さが伝わらないなぁ

(つづく)

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2018.09.05

シンガポール旅行記 その65

 食事も終わり、ゆっくりとエスカレーターを下りながら、「こっちにいらっしゃい!」と呼びかけてくるようなお店をチラチラと覗く。そんな中、ファンシーグッズ系のお店にびっくりするような看板を見つけた。

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      なに!? HAPPY TEACHER'S DAYだと?

 こんな祝日が存在するのか、シンガポールには?
 あとでネットで調べてみた。

第12回 ティーチャーズ・デイとは
 シンガポールには、9月最初の金曜日にティーチャーズ・デイという祝日があります。教師への感謝の気持ちを伝え、労うことを目的とする祝日です。日本には馴染みが薄いこの日ですが、調べてみると世界各国、欧米・アジア圏で文化を問わず、90ヵ国以上にあるようです。
 感謝の気持ちを伝える手段もさまざまです。生徒たちがパフォーマンスを披露したり、保護者がボランティアで食事会を設ける学校もあるようです。生徒たちが手作りで工作したり、お手紙を書いて渡したりという微笑ましい記念日と言いたいところですが、実際はマグカップやぬいぐるみがセットになった「ティーチャーズ・デイ用プレゼント」を購入して渡す生徒が多いのだそうです。この時期になると、ショッピングセンターや書店などで、かわいくラッピングされたプレゼントの数々が並んでいるのを、皆さんも目にされたことでしょう。
 合理的なシンガポールらしく、本当に重宝するのは赤ペンやマーカーだと明言している教師もいます。ちなみに1ヵ月後のチルドレンズ・デイには、今度は先生から子どもたちにプレゼントが贈られます。実用的な文房具が多いそうで、これもまた現実的なシンガポールらしいところです。
シンガポール発海外教育情報誌サイト「Spring」より
https://spring-js.com/singapore/6308/

 なんて夢のような話だ。ついでにWikipediaも覗いてみると、

 教師の日を祝う考え方は19世紀に多くの国で根付いた。ほとんどの場合、地元の教育者や教育における重要な日を記念日として定めている国が多い。 1994年にはユネスコが、10月5日を世界教師デーと定めている。

 教師の日を祝日と定めている国は、Wikipediaで見る限り、全部で61カ国ある。(もっと多いのかもしれないが。)

アフガニスタン、アルバニア、アルジェリア、アルゼンチン、オーストラリア、アゼルバイジャン、バーレーン、ブルネイ、ブータン、ボリビア、ブラジル、チリ、中国、台湾、チェコ、エクアドル、エジプト、エルサルバドル、ハンガリー、インド、インドネシア、イラン、イラク、ジャマイカ、ヨルダン、リトアニア、レバノン、リビア、マレーシア、メキシコ、モルドバ、モンゴル、モロッコ、オマーン、パキスタン、パナマ、パラグアイ、ペルー、フィリピン、ポーランド、カタール、コスタリカ、ルーマニア、ロシア、サウジアラビア、シンガポール、スロバキア、韓国、スリランカ、スペイン、シリア、タイ、チュニジア、トルコ、アラブ首長国連邦、アメリカ、ウズベキスタン、ベトナム、イエメン、ニカラグア、ドミニカ

 ベトナムの欄には、「学校では感謝パーティーが催され、生徒等から先生に贈り物が渡される。ベトナムでは、教師の給与は極めて低く、教職は貧しいが人々から尊敬される職業の代表である。」と書いてある。

 シンガポールではこの日、学校は休日になり、教師の日のイベントは前日に行われ、授業は午前中のみとなるそうだ。

 アメリカでも中国でも韓国でもおこなわれているが、日本ではないなんて衝撃の事実であった。尊敬しろとは当の本人が言うことではないが、尊敬されるような人でいなければならないという自覚は常にある。昔は確かに日本でも教師は尊敬される存在であった(らしい)。いつからだろう、こんなに身分の低い存在になってしまったのは。

 この仕事をしていると、自分たちが芸能人並みに「街の有名人」であることを感じる。常に人々に見張られているのである。何も悪いことはしていないが、保護者からは、「先生、よくスーパー○○で買い物してるでしょ?」と言われ、アーケードですれ違った生徒からは「あっ、先生だ。」と、軽く聞こえるような声で、くすくすと笑いながら噂される。悪口を言われているのではないということはわかっている。ただ、私服でプライベートタイムを過ごしている教師の姿を意外に感じているのだろう。私はただ、本屋に本を買いに行っただけである。

 一方で、勤務時間外であっても軽く羽目を外そうものなら、「教師のくせに」という言葉を容赦なく浴びせられる。公務員は安定職だと言われるが、それはまったくの幻想である。普通のサラリーマンがコンビニでガムを万引きしてもニュースにもならないが、それが教師なら新聞やテレビニュースでさらし者にされ、学校を巻き込んで非難中傷の電話のベルを終日聞かされた後、懲戒免職である。まさに「市中引回しの上打首獄門」だ。一般企業に比べると厳しさが、まさにハンパない。日本の人々は教師に対し、「尊敬はしない。24時間奉仕しろ。なんかあったら教師失格のレッテルを貼ってクビ。」という扱いをしている。それなのに、私の給料はもう何年も据え置きのままである。どうやら定年まで上がらないことが決まっているらしい。こんなに不安定で儲からない仕事だなんて、きっとみんな知らないんだろう。なにせ教育委員会からも「24時間、教師たれ。」と言われるくらいのびっくりするようなブラックな有様である。言わんとすることはわかるし、半ば実践しているつもりだが、海外の教師は勤務時間が修了したらさっさと帰宅できるけど尊敬される。日本の教師は土日祝日、盆正月をなげうってがんばっても、保護者からクレームを浴びせられる存在に過ぎないのであれば、人にお勧めできる仕事とは言えない。現に、私は我が子が教師になることを望んでいない。仕事なんて星の数ほどある。好きなことをやれば良い。世の中を見渡しても、あれほど難関だった教員採用試験が、今やなり手がおらず、閑古鳥が鳴いている。今の教師の置かれている実態に、若者が気づき始めたのだろう。これから教育の質が下がりまくる時代がやってくる予兆である。日本人は教育の質の低下という未来を覚悟しなければならない。

 と愚痴をこぼして、日本の未来を放棄するわけにも行かない。個人レベルでは、自分ががんばりさえすれば尊敬も得られるだろうが、「日本の教師」というくくりで考えると、個人の努力ではどうしようもない気がする。昔見たアメリカ映画に小さなヒントがあった。成績の悪い生徒の担任が家庭訪問し、なぜか、「すばらしいお子さんです。」と、生徒の良いところばかりを誉め、母親も「自慢の息子です。」と泣きながら話すシーンだ。なぜか、それが頭から離れない。子どもを上手に育てたいのであれば、学校と家庭がスクラムを組まなければならない。親と教師が悪口を言い合う狭間で、こどもが真っ直ぐ成長するはずがない。保護者が「あの先生はすばらしい。ちゃんと話を聞いて素直に指導に従いなさい。」と、教師が「ご両親はこんな風にあなたのことを思って下さってるんだ。すばらしいご両親だ。その思いに答えなくちゃね。」と伝え続ければ、それを聞き続ける子どもは、学校や家庭でおこなわれる教育に意義を感じ、受け入れられるようになるかもしれないが、「あの先生はダメ。学校の言うことは聞かなくてもいい。」とか、「お前の親はどうなってるんだ!」なんてもってのほかである。「そういう意味」で、教師を尊敬しない国はきっと衰退していく。

 「教師を誉めよ。子どもたちのために。」
 それが、「HAPPY TEACHER'S DAY」の意味ではないのだろうか。
 日本にも「教師の日」が必要である。

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    オーチャード通りにずいぶん馴染んできた

 ホテルに戻って、マンダリン内の「333」でアイスコーヒーを飲んだ(妻はゆずチーズケーキもご注文)後、荷造りをしてチェックアウトすることにした。荷物は、空港行きのバスがこのホテルの玄関前から出発することもあり、集合時刻である夜10時まで預かってもらえることになっている。手回り品だけを持って出かけよう。ここから夜までの時間を楽しもう。シンガポール旅行も終盤である。

(つづく)

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2018.08.31

シンガポール旅行記 その64

 Bras Basah Complexを出て周りを見回したとき、また一瞬だけ方向感覚を失う。大きな建物の場合、入ったところと違う場所から出ると、さらには周囲の風景になじみがないと、こうなってしまうのはしかたがない。ここで踏み出す第一歩の方向を間違えると大変なことになるので、地図を広げて落ち着いて向きを確認する。とりあえず大通りの方向を目指そう。憧れのRaffles Hotelがあるはずだ。ほんのちょっと歩くと、Raffles Hotelを発見。どうやら改装工事中のようで一部が囲われていたが、きれいに外装工事したばかりと思われる部分の前で記念撮影。できれば泊まって本家のシンガポール・スリングを飲んでみたかったが、あまりに高級すぎるホテルなので、きっと貧乏性の私たちは、泊まったり飲食するどころか、中に足を踏み入れるだけでも落ち着かないだろう。

 Raffles Cityという建物が目の前に見えてきた。入口には巨大なこどものオブジェがあった。「ここがRaffles Cityだよ。」と言いながら看板を指さしている感じ。曇りとは言え真夏の午後1時頃のこと。外を歩き続けるのはつらいので、ラッフルズシティー・ショッピングセンターの中に入ってみる。地下に降りると、たくさんのお店の間の通路を、それはそれはたくさんの人たちが行き交っている。平日のお昼時。おそらくは現地の人々がランチを求めてやってくる中心地なのだろう。

 おしゃれなブティックとインテリアのお店、レストラン、ファーストフードに文具。文具か、いいなぁ。しばらく店の中を覗いてみる。お土産になりそうなものを探すが、おしゃれではあるが基本的には日本にでもありそうなものばかりで、買うにはいたらず。レストランも探しつつ歩くが、結局ここで昼食を取ることはなかった。ほんとはここで食事でもよかったんだけどなぁ。

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   こうしてみると、「ここだよっ」て感じ

 この建物は地下鉄のCity Hall駅につながっている。妻が「オーチャードに戻って昼食場所を探しましょう。」というので、南北線に乗ってSomersetへと向かう。これで地下鉄4回目。

 サマセット駅から地上に出ると、313@サマセットの中に出る。1階の南側のフロアには、カジュアルなテラス式のレストランがあり、なんだか映画のワンシーンの中に来た気分になる。ああ、そうか。USJやTDRあたりに見る感じだからか。屋外の「ディスカバリー・ウォーク」にもカフェやバーが並んでいる。この通りがどうしようもなくおしゃれで、カナダのスパークス通りで感じたあの思いが蘇ってくる。日本にもあるんだろうけど、田舎暮らしの私にはとてもまぶしい。

 後で知ったのは、地下3階にはアジアをはじめとする各国の料理を楽しめるフードホールがあり、奥には、スーパーマーケットもあるのだそうだ。このあたりはおそらく日本の大型スーパーマーケットのフードコートに感覚が近いものだろうと予想がついた。しかし、私がネットで見たときに目に飛び込んできたのは、5階のフードコート「フード・リパブリック」。ローカル料理の名店が勢揃いしており、1000席ものテーブル席があると書いてある。こうした気軽さがうれしい。ということで、いざ5階へ。

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気のせいか、日本より洗練されている感じさえする

 エスカレーターでゆっくりと5階に上がると、そこは全面がフードコートになっていた。十分に広いスペースが狭く見えるほど、いろんなお店と、たくさんの席と、沢山の人で埋められていた。しかし、所々に空席はあるので、食べる場所を確保しなければならないということはなさそうだ。二人で左回りに順にお店を見て回る。

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   屋外のホーカーズとは違い、洗練されているため入り込みやすい

 シンガポールらしく、シンガポール料理を始め、マレー、中国、インド、韓国、日本、その他の各種アジアンフードがみごとに取り揃えられている。(そう言えば、なぜか洋食はなかったなぁ。)日本と同様、セットメニューが豊富な店もある。店の前に食材が並べられているお店は、どのように注文して良いのかが分からず敷居が高い。ガラス越しに刀削麺を作っている。生で見るのは初めてだ。

 カナダでは「Sushi-Bento」を食べたが、ここでは日本食を食べる気はしない。食べても、おそらくは完全な日本食そのものなんだろうと思えるから。1周目は様子見。2周目に入る。で、何にしよう。どれもこれも食べてみたくて、試してみたくて…決めきれない。「ここでしか食べられないものは何か、一つだけ選ぶならどれか、1回限りの選択だから間違えるなよ。」という自分で自分にかけたプレッシャーに負けていた。そこで頭を切り替えた。もうしょうがない。胃袋に聞こう。それしかない。その結果、二人の意見が一致したのが、よりにもよって「韓国料理」だった。(えーっ!?)私はご飯を食べたかった。ちょっとスパイシーなやつを。そこで私はキムチ・チャーハンを、妻は韓国風焼きそばを選んだ。窓際の席についてようやく昼食にありつけた。歩きっぱなしでもあったのでちょっとほっとした。味の方はまあまあという程度。シンガポール感はまるでなかったが、日本では味わえなかったかもしれないことは確かなので、それでいいと思った。

 この時、あることに気づいた。日本ならどこかに飲み物を売っているか、無料の「水」がありそうなものだが、それが見当たらない。幸い手元に持っていたペットボトル入りの(甘くない)お茶を飲んだのだが、なんと飲み物をたくさん積んだワゴンを押し、売り歩くおじさんを発見した。シンガポールのフードコートでは、飲み物はこうした人から買うのが標準のようだ。結局、そのおじさんを眺めるだけで、買うことはなかったのだが、あとで、「買ってみれば良かった」と後悔してしまった。今でも、あのカナダのミントでしか見かけなかったソフトドリンクの自動販売機にコインを投じなかった自分を悔やんでいる。そうした経験をしておきながら、瞬時に判断がつかないところが、まだまだな私である。

(つづく)

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2018.07.22

シンガポール旅行記 その63

 タクシーはまもなくBras Basah Complexに到着する。運転手に、「ここで間違いないか?」と聞かれ、初めての場所故知るはずもないが、「ここだ。」と言っている自分がおかしい。カナダでタクシーに乗ったときは、降りる前、いったいいくらチップを加えれば良いか猛烈に悩んだが、ここシンガポールでは日本同様チップの習慣はないと聞いているので、メーター表示通りの料金を払う。

 外見は集合アパートのように見える建物だった。中に入ると吹き抜けがあり、下から上の方まで見渡せる。時間は昼時なので、すでに「朝早いから」は適当ではないが、なぜか人の気配がほとんどない。シンガポールの平日の昼間とはこんなものなのだろうか。それとも、ここはその程度の人気なのか。

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 エスカレーターで上りながら大まかに各階の様子を眺める。書道用品、音楽CD、美術用品、古本などのお店が並んでいる。どこを見渡しても軽く中国感がある。書道用品はもちろんのこと、中国語の古本や音楽CDを買う気にはならない。1階に郵便局があったことを後で知る。もし気づいていたら切手を買っていただろう。ここでも予習なしの行き当たりばったりの旅の罰が下された感じ。

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    「Popular(大衆書局)」 大衆ってなにを意味するんだろう...。

 3階に上がると赤い壁に「POP」と書いてある。すぐには気づかなかったが、これがPopular(大衆書局)だ。書店内に入ると、なるほど!(゜Д゜) こここそが私たち夫婦が求めていた場所だった。フロアーのほとんどがいわゆる「学参」で埋め尽くされている。教科書、参考書、専門書、問題集、文具の類いが見事にそろっており、日本の巨大な本屋さんの学参コーナーといった空気があふれていた。

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     店内の本の並べ方が日本に近い感じ?

 妻は入ってすぐの所に平置きされた、小学校1年生から6年生(相当)のドリルに見はまっている。私はすかさず高校物理のコーナーを探しだし、大学入試レベルの問題集をあさりだした。あるある、たくさんある。参考書より問題集が欲しい。参考書だったら英語で書かれているだけで、日本のそれとは大して変わらないはず。しかし、練習問題にはお国柄がでる。棚を見渡すといくつかのレベルに分かれていることがわかる。とりあえず中をぱらぱらとめくってみると、その内容でレベルの大まかな違いがわかった。あとでネットで調べたら、次のように書いてあった。

<シンガポールの能力主義システムの概要>
 シンガポールでは、初等学校から始まる各段階で、生徒の能力に応じて選別していくための試験が行われる。まず、初等教育4年生の終わりに、学校が独自に定める基準によるテストが行われ、オリエンテーション段階(初等教育5~6年生)に向けた振り分けが行われる。その後、初等学校卒業試験(PSLE: Primary School Leaving Examination)、中等学校卒業時のシンガポール・ケンブリッジ「普通」教育認定試験(GCE-O:Singapore Cambridge General Certificate of Education, Ordinary Level)、ジュニアカレッジ等卒業時のシンガポール・ケンブリッジ「上級」教育認定試験(GCE-A (Advanced Level))が行われ、これらの成績によって、以後の進路が決められる。

 多少は違うが、差し詰め日本風に言えば

 O level=高校入試レベル
 A level=大学入試レベル(その中にH1とH2のグレードがある?)

という感じのようだ。私が興味があるのは当然A levelで、悩みに悩んで次の2冊を購入した。左はGCE A level H2の10年分の過去問集で、内容はマーク式と記述式の両方が載っており、右は同じレベルだが、分野別に編集されたマーク式の問題集である。

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    S$16.95(約1,480円)          S$15.90(約1,390円)

 マークと記述の両方があるというところは日本と似ているが、シンガポールの試験はどこの学校でも共通問題(シンガポールがケンブリッジ大学と提携しておこなっている英国式の試験)で、どのグレードの試験を受けてどれほどのスコアを取ったかで進路が決まるというしくみなのだろう。今、日本も大学入試改革がおこなわれようとしているが、こうした英国式あたりも参考にしながら検討されているだろう。それにしても、シンガポールに来てまで問題集を買って帰ろうだなんて、職業病か。あっ、妻も買っている。似たもの夫婦だ。

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            2016年のマーク問題の一部

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            2016年の記述問題の一部
 
 
 そろそろおなかもすいてきた。何か食事ができるところを探しに行こう。

(つづく)

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